「あの…さ…。一度僕にも、させてくれない？」
ええっと、それはつまりその…。
「…カトル？」
「何？」
「それ、言葉通りの意味なわけ？」
「他に何の意味があるの？」
……あって欲しいんだよ、俺としては。
うろたえあせるばかりの俺を、カトルは 好奇心と後悔と戸惑いと…色々な感情がごちゃ混ぜになった顔で覗き込む。
こうなったらもう、いい加減な言葉で誤魔化したり話を逸らすわけにもいかない。
「……なあ。どうしてそんな風に考えるようになったんだ？ 何か気に入らないことでもあるのか」
「違うよ。嫌だって思ったことなんか一度もない。だけどデュオは？ デュオは今のままで良いの？」
「はあっ？ 俺？ ないない、絶対にない！」
一体どう転んだらそういう話になるんだろう。
「そう？ それならいいんだけど。これでいいってずっと思ってたのに、今更迷うなんておかしいよね。
だけど一度気になり始めたらどうしても気になって…」
これは……。
したくないといわれるのと同じくらい、いや、それ以上に厄介かもしれない。
でも、そもそも最初の最初にちゃんと話をして、互いに納得したはずなのに。
「…ごめん。実のところ半分は単なる好奇心なんだ。でも他の人となんて考えられないし、それならデュオと…」
なっ！ なんてことを言い出すんだろう。
他の男となんてとんでもない。ましてや他の女なんてもってのほかだ。
「だからお願い。デュオが嫌だったらすぐにやめるから」この台詞は確か、俺が最初のときカトルに言った言葉そのままだ。
「まあ……お前も男だし、疑問を感じることがあっても不思議はないな」
駄目駄目絶対駄目、とんでもないっ！と叫びたいところをぐっとこらえる。
それでも微妙に声は上擦り、語尾は震えてしまった。顔を直視できない。
カトルは、気がついているのだろうか。
「……頼む。しばらく考えさせてくれ」
かろうじてそれだけの言葉を唇にのせた。
まずは頭を整理しよう。
世間ではケースバイケースなカップルもある、とは聞いたことがあるし。
その場合どういうことになるのか、まずは最初から想像してみることにした。
立場が逆ということは、まずはカトルに押し倒されると…ここは大丈夫だろう。
キスだって、たまにはあいつのほうからしてくれてもなんてずっと思ってたんだからこれもＯＫ。
脱がされるのは多少違和感がないでもないが、これは最初からほとんど脱いでいれば問題なし。
そしてその先なんだが………。
その先…その先は………???????
どれだけ頑張ってみても、不可能なことはある。僅か５秒で俺は悟った。
いくら想像しようとしても、そこで思考回路はストップしてしまう。否、心がそれを受け入れようとしない。
それでも目を閉じ、もう一分間だけ考えているふりをしてからおもむろに口を開く。
「…………ごめん、カトル。俺やっぱり無理だ」
おそるおそる目を開けると、金の睫を伏せうなだれる姿が目に入った。
「うん、デュオがどうしても駄目なら仕方がないよ。無理強いなんかしたくないし、不満があるわけでもないんだから」
それでもカトルのなかにその気持ちがあることには変わりなくて、それをずっと抱えたままで俺たちは大丈夫なんだろうか？
浮かれ舞い上がっていた宙からいきなり地面にめり込んだ気分だ。
それでもカトルは変わらずそこにいて、俺を受け止めようとしてくれている。
いつも俺のことを第一に考えてくれるんだから、できることならかなえてやりたかったけれど。
「なあ…。気分転換にちょっと外の空気を吸いに行こうか」
「え…？うん、でも、その前に…」
顔を上げたカトルは意を決したように小さく頷くと、俺の頬に唇を寄せてきた。柔らかで暖かく、羽のように微かに触れて。
「……このくらいなら、かまわないでしょう？」
かまわないどころか！！
その感触ひとつで、俺の躊躇いも戸惑いもすべてが吹っ飛んだ。
「まあ…あの、なんだな。やっぱり、ここがいいかも、カトル」
すかさずベッドに引きずり込み、じっと抱きしめる。
「いいよな。いつも通りで」
一瞬、カトルは何か言いたげに唇を震わせていたが、じっと俺の瞳を見返してからちいさく頷く。
「ん…。やっぱり俺、最っ高に幸せ！ こうしていられればもう、なあんにもいらない」
カトルの肌、カトルの温もり。
頬に触れる柔らかな髪、聞こえる小さな息遣い、濡れた睫はプラチナブロンドよりほんの少し色が濃くて……。
え？ 睫が濡れて……？？？
よくよく見ると、目じりに涙がたまっている。
自分ひとりで舞い上がってしまった気恥ずかしさに焦りながらそっと涙を拭うと、ついにカトルはうつむいてしまった。
「ごめ……ごめんなさい…、デュオ」
「どうしたんだよ、カトル。嫌だったのか？」
「ううん…。ううん、僕が…悪かったんだ……。半分、嘘ついた。好奇心なんてほんのちょっとだけ」
それはつまり、本当の気持ちは別にあるっていう意味だよな。
「僕は、デュオがよければそれでいいんだ」
「でも、お前の気持ちはどうなるんだよ」
「だからそれでいいってことだよ」
あっけらかんとした言葉とは裏腹に、はにかみながら頬を紅潮させている。
「それはないだろ、これだけ俺を悩ませといて」
「だからもういいんだって。だから何もかも元通り、何にも変わってない、それで僕も満足だから」
なら…ちょっと狐につままれたような気がしないでもないが、とりあえず良しとするか。
それでもほんのり充血した瞳を見ていると、とてもじゃないけどオオカミにはなれそうもない。
「やっぱり外にいこう。まだまだ散歩する場所はたくさんあるし。 あ、そういえばちょっと前にできた水族館、このあたりじゃなかったか？こことL１にしかないっていう。行ってみようか。それとももう見飽きた？」
「ううん、完成式典には出席したけど、ほとんど見てない。でも近いってほどじゃないよ、30分は歩くかな？」
「でも夜まで開いてるんだろ？じゃあ行こうぜ。歩けばちょうどお腹も空くだろうし」
パッと見にはわからないよう、度無しの眼鏡をかけたカトルに俺の上着を無理やり着せて。
いつもと違う雰囲気もまた似合ってて俺の頬は自然と緩む。
この後はきっと最高の夜になるだろう。
多少のお預けも、おいしく食べるためのスパイス。 下心つきだけど、このくらいならかまわないよな。
さあ、あれこれと悩むのはもうおしまい。
結局俺はカトルが笑顔でいられればそれでいいのだから。
<おまけ>デュオがどれだけカトルにべた惚れかっていうとそれはもうっ！！！！っていう感じですね。
なお、カトルがもういい、と言ったその訳は1×4versionと同じです。
何だかわからないままＯＫにしちゃうところがとてもデュオらしいのではないかと(笑)
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