濡れた寝具は翌日すぐに取り替えられたが、情緒不安定気味なカトルを心配したノインの提言で、二人は同室で暮らすこととなる。
贅沢なインテリアとバスルームが備え付けられた客間が新しい寝所だ。
セミダブルのベッドがふたつ置かれていたが、シーツはいつもどちらか片方だけが乱れていた。
真面目に学園生活をこなしているカトルと適当に切り上げては情報収集にかかっているヒイロと。
生活のリズムが異なる二人だが、部屋で顔を合わせるたびにいつも無言のまま互いを求め会う。
肌を重ね、指で唇でと愛撫を繰り返し…。
身体が一つに溶け合うような悦びに溺れ、抱き合ったまま眠る日々が続いた。
やがて平和な学園にも否応無しに戦いの火の粉が降り掛かりはじめる。
エピオンと共に学園に戻ったヒイロは、カトルが明日、たった一人でサンドロックを取りに行くと聞いてを顰めた。
目的地の手前はかなり広大な砂漠、しかもロームフェラの勢力圏だ。無謀としかいいようがない。
そこまでしようとするカトルが何を思っているのかを、ヒイロは今まで一度も考えたことがなかった。
記憶にあるのは戦士としての顔と憂愁を含んで伏せられた睫、それに…。
この時ようやくヒイロは、もう少しカトルに言葉をかけてやるべきだったことに気付いた。
ずっと彼は、物言いたげな瞳をしていたというのに。
夜半をすぎてから、ようやくカトルは部屋へ戻ってきた。
心はもう明日に飛んでいるらしく、軽い緊張と高揚感がうかがえる。
背をむけベッドに横たわったヒイロの耳に微かなシャワーの音が飛び込んできた。
いつのまにバスルームへ入ったのだろう。
眠ろうと閉じた瞼のその裏に、白い裸体の幻が何度も浮かんでは消えていた。
ほんの数日離れていただけなのに…。
小さく舌打ちをしたヒイロは、急に喉の渇きを覚えて起き上がった。
枕元の水差しからグラスに水を注ぎ唇に押し当てた途端、ドアの開く音がしてヒイロはそちらを向く。
真摯な瞳に捉えられ、思わず息を呑む。
二人の間に緊張が走り、空気がねっとりと絡み付くような感触に変わっていった。
言葉に出来ない焦りがちりちりとヒイロの背を焼き付け、唇は開きかけたまま強ばってしまう。
張り詰めた場を打ち壊したのは、カトルのほうだった。
ぎこちなく唇を笑みの形に歪めると歩み寄り、ベッドに腰を下ろす。
グラスに伸ばしてくる白い手をヒイロはそっと押し留め、カトルをそのまま膝のうえに引きずり込んだ。
強引に口移しで水を流し込むと、飲みきれなかった水が唇の端から首筋、そして胸元へと伝っていく。
鎖骨のくぼみに光る雫を舌で舐めとると、ヒイロは濡れたパジャマを脱がしにかかった。
そんなヒイロの所作を咎めもせず、カトルは静かに目を閉じる。
何度か唇を触れ合わせてから感じやすい舌先を吸い上げ、しなやかな身体を隈無く指でなぞっていく。
隅々まで知り尽くしたヒイロの手練に、カトルの息は瞬く間にあがってしまった。
快楽を余さず受け取れるようにと、ヒイロはまたカトルにシーツを握らせる。
次第に深まる愛撫に啜り泣く声は、一際甘くヒイロの耳を擽っていく。
もどかしそうに高ぶる熱の塊に手を掛ければ、ついに堪え切れなくなったのかカトルの指はシーツを離れヒイロの背に回された。
「ん……あぁっ…ヒイロぉ…」
羞恥も理性もかなぐり捨てたように全てをさらけだし身悶えする姿に無上の歓びを覚える。
欲望を孕んではち切れんばかりのそれを柔らかに握り込めば、たったそれだけで熱を吐き出してしまう敏感な身体…。
もっと、もっと…もっと確かな何かを。もっと強いあかしを！
ヒイロはいったん身体を離すと、ぐったりと横たわるカトルの唇を何度も人差し指でなぞり、そっと歯列を割って差し入れた。
戸惑いながら舌を絡ませてくる様に、ヒイロの下半身が大きく脈打つ。
あの唇に包まれればどれほどの悦びがあるのだろう。
だが、それよりも………。
潤んだ瞳を掌で包んで閉じるよう促し、濡れた指を秘められた場所にそっと忍ばせる。
思いがけない感触にカトルの身体はびくりと反応を見せたが、腰を引こうとはしない。
いつかはこうなると覚悟していたのだろうか。
そのまま周囲をゆるやかに揉み込むと、耳元まで赤く染めたカトルの口から、切なげな吐息が漏れはじめた。
深く濃厚な口付けを与えながら、指を奥へと進めていく。
確かめるように少しずつ、やがてその部分が悦に綻び、吐息が喘ぎ声に変わっていくまで…。
快楽に翻弄されたカトルの身体を開くのは容易いことだった。
熱い塊が押し当てられた瞬間はさすがに身を強ばらせたが、それでも先端をねじ込もうと突き上げれば、眉を寄せながらも受け入れようと自ら腰を合わせてくる。
「大丈夫…か？」
怪我をさせる訳にはいかない…。
不安を顕にしたヒイロの首に、白い腕が絡み付いてくる。
だが、少しずつ押し進めていくにつれ噛み締められる唇は、苦痛を耐えているようにしか見えない。
ヒイロは一端動きを止め、桜色の耳元に唇を寄せた。
「力を抜いて…そのまま…」
耳朶を甘噛みして気を逸らせながらぐ腰を押し進めれば、その部分は些かの抵抗を見せただけで
ヒイロの楔を呑み込んでしまう。
出来るだけ苦痛を与えないようゆるゆると律動を刻めば、焼け付くような一体感がヒイロを恍惚とさせた。
揺すぶられているカトルの唇からは切なげな声が絶え間なくこぼれ、初めての深い快楽に翻弄されている。
理性を無くしかけているという自覚はあってもどうすることもできぬまま、ヒイロはただ狂おしくカトルを求め続けた。
カトルもまた必死でヒイロにしがみつき、苦痛とせめぎあう悦びに身を委ねる。
言葉に出来ないがゆえ伝えることもかなわない想いを、せめてこの一時だけでも…。
明日は離してしまうことになる手を握りあいながら、二人は快楽の頂点へと上り詰めていった。
同じベッドで眠っていれば、一方が起きる気配に目覚めないはずはない。
だがヒイロは寝たふりをしたまま、背中でカトルを見送った。
安堵なのかそれとも溜息なのか…。着替えを終え、小さな息を吐いたカトルは、足早に部屋を出ていく。
「僕は…死なない…。必ず戻る…」
閉じられたドアの向こうでの微かな呟きは、もちろんヒイロの耳に届くはずもなかった。
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