赤

　

父親であるあの人にどんな思惑があったのかは知らない。でも私にはそんなつもりはなかった。
音楽の才能に恵まれ、心優しい子に生まれてほしい、ただそれだけが望みだったのに。

遺伝子操作…人々を幸せに導くと思われたその技術にも「１００％」はありえない。
頻繁に起こる流産、そして死産。人為的なそれに自然の摂理が逆らっているのだろうか。
順調に生まれ育った場合でもミスはありうる。最も多いのは瞳や肌、そして髪の色の違い。両親が持たない遺伝子を組み込まれた場合、その確率はさらにあがる。
そしてごくまれだが、高すぎる能力を持つがゆえ、情緒が不安定で社会に適応できない人がいると聞く。

それに比べれば私の悩みなど些細なことかもしれない。
ニコルは髪の色も目の色も選んだそのままに。丈夫に育ち、いつも思いやりの心を忘れない子だった。

　

ユニウス７の事件を機に、あの子はピアノから離れ戦うことを選んだ。
アカデミーに最年少で合格。
送られてくる成績の評価は信じられないほどに高く、鍵盤に向かっていたころと同じだけの賞賛を浴び、同級生達から一目置かれ。

…そうしてあの子はトップガンとして、赤を着た。

　

卒業写真の中、赤服に包まれ無邪気に笑うニコル。
幼いころから親子して憧れたあの音楽院の濃紺のブレザーではなく。

どうしてあの子は、戦う能力にまで恵まれてしまったのだろう。
運動神経が、反射神経が…もしくは動体視力が人より僅かでも劣っていたならば、あの子は軍に入らなかったのに。

そう思う刹那、私はコーディネーターという存在をほんの少しだけ厭う。

　

遺品として届けられた箱の片隅にピルケースがあった。
何の変哲も無い樹脂製のちいさなそれに残されていた２粒の安定剤が、あの子の苦悩を伝える。
裏蓋に貼り付けられた白い紙包みの中には一筋の銀髪。私の知る限り、ニコルの周りにこんな髪を持つ少女はいなかった筈。

だがそれも今は考えないでいよう。どんな想いでここにこれをしのばせたのかなど、目を閉じ耳をふさいで。

あの子は優しかった。
あの子の弾くピアノも、あの子の作る曲もそれはそれは優しかったのだ。

　

　

＜あとがき＞
ひさしぶりにどさっと全文が｢降って」きて、一気に書き上げたお話です。ニコママ視点…ロミナさんは多分私とそう変わらないお歳だと…(苦笑)。
実際のところ(実際って？笑）どうなんでしょう。コーディネーター同士でもやっぱり能力差とかがあるわけだし、で、嫉妬とかやっかみとかどろどろとした感情が生まれて。そんなとき、自分の能力は遺伝子操作が上手くいったせいだとかいまいちだったから仕方が無いとか考えちゃうんでしょうか？　これって人為的なものなだけにすごく辛いと思う。どうしてもっと上手くやってくれなかったのかと親や医者を恨んだりとかもありそうな話ですよね。あ、それをネタに一本書けるかも(爆)。