冷たい熱　

記憶のなかではいつも雨が降っている。絶え間なく降り注ぐ地球の雨。
時折吹く風が杉の梢を揺らし、雫はより激しく僕の頬を打ちつける。
共に過ごした日々がこれで終わるのだと、僕はただ濡れるに任せ惚けたように立ち尽くしていた。

明日が見えない。
ガンダムを失い、守るべき故郷を失い、大切にしていた人達まで奪われてただ生き延びるために生きる日々。
トレーズ派に組し戦い続ける…無軌道のようにも思えるヒイロの選択を知り、
本当にそれでいいのかと喉元まででかかった言葉をそっと呑みこむ。
彼に示せる未来を、僕もまた持っていなかったのだから。

別れたくない。それは僕の心からの叫びだった。
地球に降りてからずっと行き場のなかったこの身、この心…。どれだけ彼に助けられただろう。
だけど。だからこそ、僕も彼を助けたい。
僕達がここに在るその意味をきっと見つけてみせる。
様々な思いが渦巻き、涙と雫で視界が歪み溶けていく。
そこかしこに伸びた木の根につまづきながらも、僕は最初の１歩を踏み出した。
ヒイロ、ヒイロ、ヒイロ…。
呪文のように幾度も君の名を繰り返しながら。
僕はきっと。今度こそきっと。

熱を持った唇を意識しながら、僕は前へ前へと進む。森を抜けたその先に新しい何かが待っていると信じて。
最初の一粒が頬を濡らしたあの時、テントに向かいかけたヒイロはふと思いついたように振り返った。
次の瞬間、彼は僕の正面に立ちはだかり、目を見張る僕のそれに柔らかな感触が駆け抜け……。
気がつけば彼の姿はなく、ただ冷たい熱だけが僕の唇に残された。

ただ一度きりの。　

戦いが終わっても雨は降る。１ヶ月に１度だけ降るコロニーの細い雨。
そのたび僕はあの日の冷たい熱を想う。
繰り返される記憶は、次第に秘められた心の奥底を暴き出す。
ヒイロ、あの時君が何を思っていたのか僕は知らない。
もう３年も経ってしまったのだから。
だけど僕は。僕は……。

今になってようやくわかる。ずっと君が好きだったのだ、と。