迷子の迷子の子猫ちゃん
コンビニで買った昼食をかかえ事務所の扉を開いたデュオは、場違いな衣装の少女を見つけ思わず息を呑んだ。
「お…おい、何だよこれ。誰がこんな子連れて来たんだ？？」肩より少し上で切りそろえられた髪はゆるやかに波打ち、サーモンピンクの白雪姫リボンが結んである。
小さな丸い襟、胸元にピンタックのはいった古風なコットンドレスはリボンと同じ色の上品な小花模様。控えめなレースで飾られた白いエプロンは、開拓時代のアメリカの少女を思わせる。生地も仕立ても上質だが、高級子供服というよりはむしろコスプレのような印象を受けた。
そして―――「１人きりで事務所の前に立ってて迷子みたいだったから中にいれたの。とりあえず来客用ソファーに座らせてはみたものの、何を聞いても無愛想で全然返事をしなくて。耳が聞こえないわけじゃなさそうなんだけど。ねえ、デュオ。どうすれば良いと思う？」
孤軍奮闘・あれこれやと試した挙句、扱いあぐねたのだろう、ヒルデは小さく溜息をついた。
「どうすればって…迷子なら警察に連れていけば？」
｢駄目よ、駄目。それは最終手段なの。警察沙汰だなんて大袈裟な事、この子が傷ついたらどうするの。ねえ、私は色々あってここを離れられないから、なんとかしてくれない？」
「まあ…ここはよろずなんでも屋だから、迷子を保護したっていいけどさ…」改めて少女に目をやり、第一印象がまぎれもない事実であることを確認したデュオは、がっくりと肩を落とした。
月の光のようなプラチナブロンド、ミルク色の肌。南の海を思わせる碧い大きな瞳に、意志の強そうな薄い桜色の唇。
Ｌ４代表にしてウィナー家当主、カトル・ラバーバ・ウィナーを少し幼くすれば、ちょうどこんな感じだ。
身につけているものの印象が強いせいか、ヒルデは全く気付いていないようだが。とはいえ、うろたえてばかりも入られない。
おそるおそる近付き袋の中にある缶ジュースを差し出してみる。すると少女は伏せていた瞳を見開き、それから小さくかぶりを振った。「あらら、ようやく反応したわ。あきれた、デュオったらこんな小さい子にももてるのね」
どこか険のあるヒルデの物言いに苦笑しながら、デュオは袋から次々と食べ物を取り出して見せる。
「パンも食わねえの？ じゃあリンゴは？ キャンディーバーはどうだい？ 腹空いてるんじゃないのか？」少女はその小さい手をお腹に当てるとこくりと頷く。
「よし、じゃあコンビニへ行こう。好きなものを買ってやるよ、ほらついてきな」
だが、促されても少女は立ち上がろうとはしない。そのかわりに、縋りつくような目線で抱いてくれとばかりに両腕をデュオの方に差し出してくる。
まるでカトルに甘えられているようで一瞬面食らったデュオだったが、とりあえず気を取り直し腰に手をやりそっと抱き上げた……のだが。「……！？お…おい、 ヒルデ、この子やたらと軽い…」
「なあに？人間じゃなくて羽の生えた天使だとでも言うつもり？」
「じゃなくて本当に軽いんだ。普通の子どもならいくら小さくてもこんなに軽いはずはない」
言いかけてはたと気付く。この時代がかった大袈裟な衣装、しみひとつない肌、完璧という言葉がふさわしい容姿。
そしてこれだけ軽い―――ということは。「まさか…この子あの、信じられないほど値段が高く気位も高くて、で、ミルクと砂糖菓子しか食べないっていう…」
「ああ、そのまさかだよ。間違いない、この子はプランツ・ドールだ」
そうとわかればあとは簡単だった。プランツを扱っている店は少ない。最寄のそれに連絡をとればじきに持ち主が判明、すぐに迎えが来て少女は無事帰る事が出来た。
「プランツってず〜っと別世界の存在だと思ってた、まさかこんな場所で見るとは思いも寄らなかったよ」
この騒ぎでどっと疲れがでたデュオは、机に突っ伏しながら食べそびれた昼食の袋を引き寄せる。
「だいたいなんで迷子になったんだ〜？ あれはそうそう勝手に歩き回ったりしないものだろう？さっきだって、移動するなら抱かれるのが当然、みたいな態度だったし」
「そのあたりは持ち主にもわからないらしいわ。そうそう、それからね」
ヒルデは袋からはみ出したキャンディーバーを取り上げ、断りもなく包装を剥いて被りつく。「あの子は今までのプランツみたいに１点ものじゃなくて汎用タイプで、統計的に一番人に愛される容姿をしているそうよ。だからお値段も半額、ローンも組めるからいかがですかってお店の人が言ってたわ。 ひとめ見て懐かれるのはプランツと波長の合う証拠、安心してお売りできますって」
「汎用…？？？」
っていうことはカトルそっくりのプランツがいくつも育てられ、あちこちで金持ちのじいさんや有閑マダムに可愛がられることになるのだろうか。
肖像権侵害……いや、カトルそのものとはいえないからそれは無理かもしれない。
でも、あれは…あれは絶対まずい気がする。「半額でも俺らの年収の何倍もするんだ。ローン組んだって払える額じゃねえよ…ああ、払えるわけがねえ」
あの子はあくまでもプランツ、カトルとは違う―――理屈ではわかっていても、あの縋りつくような表情が忘れられない。「ヒルデ。俺の予定はあとなんだ？」
「予定…ってえーとダルトンさんちの子守り…はデュオには無理ね、他の人に行ってもらうわ。あ、そうだ、事務所の屋根の修理をお願い。私じゃ手が届かないから。そのあとは配達…Ｌ４の資源衛星あて。荷物はもう小型艇に積み込んであるの、一応確認してから出発して。伝票はここ」「悪いけどその配達、今から行ってくる。修理はそのあと」
食べかけのパンをくわえたまま、デュオは伝票と小型艇のカードキーをつかみ立ち上がった。「とにかく何か考える、あいつに会って、それから…」
ヒルデは、ドアも閉めずに駆け出した後姿を横目で追いながら、おおきく頬を膨らます。
「まったく。デュオったら何を見てるんだか。金髪碧眼ならみんなカトルくんに見えるなんて相当重症だわ、付き合いきれない」