（………僕は…何のためにここにいるのだろう）
Ｌ４コロニー圏最高級ホテルのこじんまりとしたパーティー会場で、カトルは一人ため息をつく。
右を向いても左を見ても、視界に入るのはプラチナブロンドに碧い瞳のプランツ達。
親睦のための気軽なパーティーだが、必ずプランツを伴ってきてほしいとは李家当主のたっての頼みだ。
だがどう見てもこれは、自分のプランツを自慢するための集まりだとしか思えない。
しかもなぜ皆同じような容姿をしているのだろう。
汎用タイプと呼ばれる金髪碧眼のプランツが最近量産され始めたという話は、デュオから聞いていた。
しかし一見似ていても、ドレスや装飾品はもちろんのこと、髪の輝きや肌の色艶、全体から醸し出される気品のようなものが微妙に異なっている。
Ｌ１コロニー副代表が連れている少女は地味な衣装だがどのプランツよりも華がある。あれがいわゆる名人の手による逸品なのだろうか。
隣で持ち主に甘えている花柄のコットンドレスの少女とその横でテディベアを抱いた紺ブレザーの少女はおそらく通常品。
少し離れて椅子に腰掛ける少女は豪奢なドレスにもかかわらず、他の二体と比べるとどことなく見劣りがする。さしずめあれが汎用タイプといったところか……。
だが、持ち主だけにむけられる少女の極上の笑顔さえあれば、そのようなことなどどうでもいいのだろう。
皆、自分のプランツしか目に入っていない。
そして李氏所有だというひときわ目立つ黒髪の少女(こちらも間違いなく特注の逸品だ)は、五飛から聞いた通り確かに彼の面影がある。
そしてもう一体の金髪のそれも、対で並べてみれば自分に似てなくもない…のだが。
（本人が似てるかも…と思うくらいだから、きっとかなり似ているんだろうなあ）
誰も自分など見ていないのをいいことに、カトルは何度目かの大きなため息をつく。
カトルのプランツ（といってもともとは姉セシリアのもの）は、お人形遊びを最大の趣味としている彼女の渾身の衣装選びのせいで、あとから届けられることになっているからなおさら手持ち無沙汰だ。
「みんながあっと驚くような演出を考えているの。楽しみにしててね」
最上級の笑顔のその訳とセリフの真意がまったく測れないだけに、空恐ろしいものがある。
一体どれだけ飾り立てられているのやら。
「たった今プランツがホテルに着いたと連絡があった。もちろんセシリア嬢も一緒だが、カトル君も迎えに行くかい？」
李氏の言葉にようやく我に返ったカトルは、差し出されたグラスを受け取りながらぎこちなく愛想笑いを返す。
「いえ、僕はここで結構です。もともと彼女は姉のですし」
「彼女…ね。でも聞いた話だとどうやら……おや、到着したみたいだね」
ほぼ何があろうとビジネススーツ姿のセシリアだが、それでもパーティーを意識したのか今日はパールのアクセサリーを身に付けている。
手を引かれ、陰に隠れるようにしてついてきているプランツはいつもながらのレースとフリル、リボンで飾られたピンクのドレス。
そしてその後ろに……。
「え？う…嘘だろう？ 姉さん、いつのまに二体目なんて！？」
カトルに似た少女に手を引かれ、ヒマワリ柄のドレスの少女が大きな瞳を見開きながら、少し緊張した面持ちで薄い唇を引き結んだままついてきている。
ひとまとめにした茶色の三つ編みには黄色いリボンと小花の髪飾り、そして、そして……。
思わず頭を抱え込みたい衝動に駆られるのを何とか押さえ込む。
デュオだ！このプランツのモデルは間違いなくデュオ！！。
セシリア姉さん、一体なんてことしてくれたんだろう…
次から次へと口を衝いて出そうになる言葉の数々を必死で押さえ込む。
ウィナー家代表ならセシリア姉さんがいるんだ。何か口実を付けてもう帰ってしまおう、それしかない。
小走りで出口へ向かおうとするカトルの前に、李氏が両手を広げて立ちふさがった。
「帰ってはだめだよ、カトル君。本当のお楽しみはこれからなんだから」
本当のお楽しみ…。デュオと僕、それに五飛。
もしかして、もしかすると…ヒイロと…トロワも？？
背中がむずむずして悪寒が走る。
いくらなんでもあの二人が少女を模したドレス姿のプランツドールになるなど無理がある、あまりにも滑稽だ。
だがこの男の手にかかったら、もしかしたら…が現実になるのではと、カトルは気が気ではない。
「さて、ようやく皆様お揃いになりましたので、私のほうからちょっとした発表をさせていただきます」
李氏の誇らしげな声が会場に響き渡る。
「プランツドールは皆様ご存じのとおり、皆10歳前後の少女の姿をしております。
世間には世話の仕方を誤って育ってしまったものもあるようですが、もちろんそのような不心得者などこの場にはおられません」
微かなざわめきと苦笑は、多少なりとも身に覚えのある者達だろうか。
そしてカトルの嫌な予感はますます膨れ上がっていく。
「そこで私は考えました。確かにこの少女たちの微笑みは我々を極上の幸せへと導いてくれます。
ですが、我々をそうやって満たしてくれるプランツが必ず少女の姿をしていなければならない、とは限りません」
つまりは……少年…のプラン…ツ？ならばわからなくもない…けれど。
思わずカトルは目をそむける。絶対、絶対に見たくないっつ！！
「さて、そこで本日ご紹介させていただきたいのがこの二体のプランツです。
ごらんの通り、少年の姿をしております。
あのとろけるような微笑みはございませんが、持ち主だけに向けられる深い眼差しは、きっと皆様にこの上ない満足を与えてくれるものと信じております」
ほうっ…と会場からため息と称賛の声が上がる。
おそるおそる振り向くと、李氏のそばにはプリベンターの制服を模したような衣装の少年が２人。
全てを見透かすようなプルシアンブルーの鋭い瞳の持ち主と、ブラウンの前髪の奥にのぞく深い緑の眼差し……。
間違いない。やはりトロワとヒイロ、あの二人がモデルだ！！
息をのんだその時、会場の少女達が一斉に振り向いた。
持ち主のことなど忘れてしまったかのように、皆少年達を見つめている。
五飛(似のプランツ)は不機嫌そうにそれでもカトル(似のプランツ)の手を強く握りしめたままちらちらと少年たちをうかがい、セシリアの連れた二人も落ち着かない様子でカトルと彼らに交互に視線を送っている。
やがてプランツ達は持ち主の手を離れ、あちらこちらで勝手に動き回っては少年達を見ようと集まり、そこかしこで小さないさかいが起こり始めた。
ヒイロとトロワ(似のプランツ)はそのまなざしをひたすらカトル本人に向け､周りで騒いでいるプランツや李氏には目もくれない。
一体何がどうしてこうなってしまったのか。
お願いだ、誰か、誰かこれは夢だと言ってくれ！！