はじまりのはじまり
俺はいわゆる「器用」な子供だった。ほんの少しの練習で、何でもすぐものにしてしまう。スポーツはもちろんのこと絵画やリコーダー、料理に裁縫まで…苦手なものなど何一つなかった。もちろん学業面においても同じで、常にクラスで二番か三番の位置にいた。
あと少し努力すればクラストップはおろかもっと上位の成績も取れる。なのにどうして１位を狙わないのか、負けたくないとは思わないのか？
よく教師や親父に説教を食らったものだ。何かにつけ器用さだけでやりすごしてきたのだから、頑張っている奴らにかなうはずもない。俺より上の人間がいるのは当然のこと。
根気よくやるとか努力するとか、そういったことに自分はまるで向いていない。それでも俺の手に負えなかったものが一つだけあった。
ゆったりとした動きで簡単そうにみえて上手くいかない…エレメンタリースクールの上級次、選択芸術でとった日本舞踊。唯一俺が『努力』したものだ。
とはいえ、それは俺にとって練習が楽しいという位置付けだったからできただけだ。
ピアノ科のハノンのように単調な練習を繰り返し実力を付けるなどという次元からは、程遠い気がする。だが、親の勧めと軽いノリでアカデミーに入学してしまってからは、呑気にしていられなくなってしまった。とてもではないが器用なだけでは済まされない。
成績の芳しくない者・戦闘に不向きと判断された者は退学。入学してから半年ですでに２割が脱落している。
ミスは「死」を意味する戦場にこれから赴こうというのだから、当たり前といえば当たり前なのだが。
いくら呑気者とはいえやはり退学は屈辱だ。俺は自然と「頑張る」ということを覚えた。だがその努力も、学内での成績１・２位を争うアスラン・ザラやイザーク・ジュールと比べれば半分にも満たないだろう。
何を考えているのか、日々黙々と機械のように訓練を繰り返すアスランと、そんな彼に剥出しの敵意と対抗意識をもって挑み続けるイザークと。
容姿や性格、その何もかもが対照的な二人は何かと話題になりよく目立った。彼らは別格なのだと皆―――指導教員までもが思っていたくらいに。
だからそのすぐ下、よく三位につけている…そして時折二人を抜くこともあった 「彼」は、まったく目立たない存在だったのだ。
「そういえばニコル・アマルフィってどんな奴だ？」
この一週間の訓練結果をモニターに映し出すと、成績上位メンバーのあちこちに名前が載っている。たとえばナイフ戦…トップはアスランで二位はイザーク、俺は五位で珍しくトップファイブに名を連ねた…の三位に。
射撃は三位、モビルスーツ戦は四位（ちなみに俺はこの時どちらも六位だった）、爆薬処理に至ってはなんと二人を抜いてトップをとっている。傍で一緒にモニターを眺めていたラスティは、のんびりと宙に視線を泳がせ、それからぽんと手を叩いた。
「ほら、確かあいつだよ、あのチビ。何処にいても目立つ緑色の髪で、女みたいな顔をした…」
「ああ、アスランの腰巾着か。そういえばそんな名前だったかな。名は体を表すってね、ぴったりじゃん」
俺が今まで出会ったことのある『ニコル』は二人、どちらも女だった。「入学当初は色々あって脱落寸前だったらしいけど、最近になってから急に上位陣に食い込み始めてるんだ」
「脱落寸前！？」
「そうそう、戦闘シミュレーションで何度か吐いたりしてさ、で、ついたあだ名が臆病者。でも俺はどっちかというと偽善者だと思うね。負ければ死、勝ちたければ相手を殺す。それが戦争だろ、従軍するならそのくらいの覚悟、してこいっての」殺すばっかりが勝つための手段じゃないんだけどな。
こういうところはこいつもまだまだお子様だ。「そういえば知ってるか、ディアッカ。あいつ、アスランより年下なんだぜ」
「年下〜！？どうりで幼いと思った。１５…いや、まだ１４か？ はあ〜、二つも年下の奴に負けてるの、俺達」
「なんだよぉ、負けたなんてらしくない台詞だな。黒髪王子と張り合う銀髪姫みたいに、お前も対抗意識を持って頑張って見る？」銀髪姫…ね。なるほどイザークはそんな風に言われてるんだ。あの二人、出来てるわけでもあるまいに。
ずっと同室で生活してるせいか、イザークが熱くなればなるほど俺のテンションは下がる。それでもそこそこの成績が取れてしまうんだから、いいじゃないか。「頑張るなんて面倒くさいこと、誰がするかよ。親父が煩いからな、とりあえず俺は赤が着られればそれでいいんだ。程々にやるよ、程々にな」
……なのにそれ以来、俺はどうしてもあいつの姿を追いかけてしまうことになる。
ときにはむきになって張り合ったり、馬鹿にしてみたり。
脱落寸前だった彼がどうして今ここにいるのか、そんな興味も手伝って。
気が付けば常にあいつを意識している俺がいた。
<おまけ>
続く…と言いたいところですが今のところ予定はありません。これからのことはご想像にお任せします。
それにしてもディアッカさん、程々とか努力してないとか言ってる割には、結構やってるんじゃないかなあとも思う。おそらく自分に対する要求水準が高いんじゃないのかと…。どちらにしても私の捏造なんですけどね（苦笑）