３ヶ月ぶりに会える。しかも僕の部屋で。
今日は僕の誕生日だ。この日だけはと必死で仕事を整理し、外出したことにして全ての連絡をシャットアウト。
ずっと朝からそわそわしどうしで、昼食を取るのももどかしく。
だから約束の時間１時半ぴったりに彼がやってきたときの嬉しさときたら。
思わず飛びついてしまいたいほど(やらないけどね）…だったのだけれど。
「うわっ！あの、ヒイ…ロ！？」
真っ先に目に飛び込んだのは、上半身をすっぽりと隠してしまえる程に大きな花束。
あまりの見事さに僕はただ目を見張るばかりだ
「それって、もしかして……僕…の誕生日だから？」
うれしくないといえば嘘になる。どちらかといえば、いやかなり花は好きなほうだ。
殺風景な執務室の片隅に生けられた一輪挿しの花に、つい心和ませてしまう程に。
それでも最大のクエスチョンマークが頭から離れないのはその持ち主がヒイロだから。
いつもと違って細身のダークスーツに身を包んでいるため、様になりすぎて余計違和感がある。
「あいつに押しつけられた」
戸惑う僕の気持ちを察したのか、ヒイロはまずそんな言葉を口にした。あいつ、とはデュオのことだろう。
「で、その服装は？」
「…着替える暇がなかったんだ」
衿に付けられたドーリアン家の家紋入りバッジと苦虫を噛み潰したような表情から、なんとなく情況が推察できる。
彼は先程まで行なわれていたＬー４でのコロニー議会に参加したリリーナさんの護衛を勤めていたのだ。
そのあとこちらに来る途中デュオにつかまり、花束を託されたといったところだろう。
「気にするな。これ抱えていくなら絶対そのままの方が似合うって」
そんな台詞まで想像できてしまう。
「すごいね、一体何種類使ってるんだろう。バラがピンクとクリームと薄いオレンジと３種類、それにこれは…」
黄色いのがフリージア、そしてこっちはスイートピーだっけ。
だけど僕にわかるのはそこまで。花好きだったイリア姉さんにちいさいころ教えられたきりで、残念ながら今は覚える余裕がない。
「あ、この花。よくみかけるんだけど名前までは知らないなあ」
やわらかな花びらが五枚広がって、芯のほうに黒い模様。あまり大きくないけれど、十分に存在感がある。
「アルストロメリア」
モスグリーンのＴシャツにジーンズ。ようやくいつもの服装に着替え終わったヒイロが、ぼそりと呟く
「え？」
それってこの花の名前なの？
いったん収まりかけたクエスチョンマークがまたまた大きくなってくる。
いくらヒイロが幼いころから特殊な教育をうけてるからって、まさかこんなことまで教わったんだろうか
「……じゃあ、これはわかる？ ここのオレンジ色の。変わった形でぶら下がってる花」
「サンダーソニアだ」
「この黄色い芯を持ったピンクのは？マーガレットにしては大きいね」
「それぐらい覚えておけ。ガーベラに決まっているだろう」
えっ？ ええっ？？？ 何故？ どうして？ いちいち花屋で聞いてきたわけでもないだろうし。
「あの……あの、ヒイロ。どうしてこんなに詳しいの？」
おそるおそる聞いてみる。
「常識だ」
「常識？どこかで習ったとかじゃなくて？」
「常識というのは学校で教えてくれるものなのか？」
「う…」
思わず言葉に詰まってしまう。
その定義は確かに正しい。でもこれって絶対常識とは違うはずだ。
デュオはバラとカーネーションの区別もつかない。トロワだって似たようなものだと思う。
五飛…はよくわからないけどね。お香とかお茶とか、思いもかけないことに詳しかったりするから。
「でも、それってつまり物心ついたころにはもう知ってたって事になるのかな？」
「……さあ。施設では、戦いのエキスパートになるための訓練をやらされた記憶しかないが」
「そう…か。ヒイロは幼い頃のこと、何も覚えてないんだっけ」
だから誕生日もわからないまま、毎年僕だけ祝ってもらっている。
僕だってヒイロの誕生日を祝いたい。おめでとうって言いに、ヒイロの部屋まで駆けつけてみたい…。
あれこれ考えていた僕は、子犬のワルツのオルゴール音で我に返った。プライベート回線の着信音だ。
慌てて駆け寄り通信機のスイッチを入れると、満面に笑みを浮かべたデュオのアップがモニター一杯に広がった。
「お、届いてるなあ、花束。誕生日、おめでとう♪」
ついつられて僕も笑顔になってしまう。デュオのこういうところって本当、才能だよね。
「急ぎの仕事が入ったもんだから早々とヒイロに押し付けたんだけどさ、それっておまえら２人に。誕生日プレゼントだからな」
「僕ら２人？」
「そう、おまえとヒイロ。ヒイロの誕生日って未だにわからないままなんだろ。だったら一緒ってことにしとけよ。面倒ないだろ」
「面倒って…そういう問題？」
「そういう問題だって。おまえら、表に出てるところは正反対だけど根っこのところはどこか似てるからな。
顔は全然似てないけど星占い的双子なんてのもありえるだろ？ なら同じにしとけ。決まりっ！」
『星占い的双子』って、確か昔姉さんが読んでた本にあった気がする。ケストナーだったっけ？？
無茶苦茶な理屈にあっけにとられていると、「じゃあな」と一方的に通信が終わってしまった。
苦笑いしながら振り向くと、ヒイロも心なしか呆然としているよう。
「決まり、だって。変なの。でもこれ、２人ぶんだからこんなに大きいのかな」
「あいつの誕生日は？」
「デュオは８月の……」
言いかけてはたと気付いた。デュオも確か孤児だったはず。親のことはまるで覚えてないとかいってたっけ。
そうか、つまり彼のもそういうことなんだ。
「うん、決まりでいいよ。一緒にお祝いしよう」
ハッピーバースデイ。小さく呟いてそっとヒイロの頬に唇を寄せた。
誕生日ディナーも誰にも邪魔されたくなくて、部屋でとることにした。
格式張ったものじゃなく、普段僕が食べられない(そして多分ヒイロは食べ慣れてるだろう)軽食を何種か用意してもらい、
１８になった記念にほんの少しだけアルコール。
果実の甘いにおいにほんわり気分、多分少し酔ってるんだと思う。
ヒイロの頬も心なしか赤いけど、態度はまるで変わらない。
ふとヒイロの視線の先を追ってみると、壁に飾ってある写真が目に留まった。父さまのデスクにあった子どもの頃の僕。
ぼんやりと眺めながら、姉さんたちがヒイロと会ったら何て言うだろうとか、映像でしか知らない母さまのこととか考えてみる。
「ねえ、ヒイロのお母さんってどんな人だったんだろう」
気がついたらそんな言葉を口にしていた。
「俺は試験管生まれだ。母親にあたる人は単なる卵子提供者だと聞いている」
「だとしても赤ん坊は一人じゃ大きくなれない、世話をしてくれた人はいたはずだよ。あ、そうか。その人が花の名前を教えてくれたんじゃない？」
「記憶にもない人がか？」
無愛想に応えるけれど、どこか当惑しているのが僕にはわかる。
「花がとても好きで…君のことをうんと愛してた。きっとそうだ」
ヒイロが優しいのは子どものころたくさん優しくされたせい。
どうしてその人のことを覚えていないのかはわからない。『施設』と呼ばれていた場所で一体なにがあったんだろう。
だけど心奥深くに刻み込まれた記憶はけして消えやしないと思うから。
ラシードに大きな花瓶を持ってきてもらい、自分で生けてみる。あれやこれやと賑やかな花たちは、デュオの人柄がにじみ出ているようだ。
「この百合もきれいだね」
「カサブランカ…」
言うなり慌てたように口を押さえる。もう言うまいと思ったのについ、とそんな感じ。
「かまわないよ。もっと教えて、ヒイロ」
隠さないで、君の全て。それも含めてヒイロはヒイロだ。
あの戦いを無我夢中で駆け抜け、生き残れたことが奇跡のよう。そして今、平和な世界でこうやって２人向かい合う。
「これは？」
「トルコキキョウ」
「じゃあこっち」
「おまえ、知ってて聞いてるな。カスミソウだ」
「本当に知らないんだってば。じゃあこっち」
「カラー」
居直ったように次から次へと教えてくれる彼の横顔はいつもにまして優しくて、つい見惚れてしまう。
ヒイロ、生まれてきてくれてありがとう。
君に会えて良かった。
口に出せないまま、何度も心のなかで繰り返し。
ゆっくりとのばした腕をヒイロの首に回し、肩口に何度も頬をこすりつける。
ようやく僕の唇は。
【いいわけ】
コロニーでは１８になれば度数の弱いお酒は許されます…って勝手に自分設定(爆)。
手元に資料がなかったのでとりあえず知っている花の名を総動員してみました。
花の名に詳しいヒイロ？！？ちょっと無理があったでしょうか？
なお、この話には続編を予定しております。
誕生日だというのにあの大イベントが抜けている！と気付かれた方、おられるでしょうか。
そう、ヒイロからカトルへのプレゼント！
……気長にお待ちいただければ幸いです。