JPN地区のとある田舎町は、春の日差しが降り注ぎ小鳥たちがそこかしこでさえずっている。
うららかという言葉がふさわしい昼下がり、カトルは田畑に点在する木造の民家や彼方に横たわる小高い山々を眺めつつのんびりと散歩をしていた。
表向きはお忍びの視察となっているが、実際は半年ぶりの休暇だ。
ボディーガード兼付き人はデュオ。
当主がリラックスできかつ有能、という理由での人選なのだが、実はデュオがカトルの恋人…否、友人以上恋人未満であることは誰にも知られていない。
「なあカトル。地球の春ってのはピンクに黄色に白にとやたらとカラフルなんだな。葉っぱもなんとなく雰囲気が違う」
「うん、今は芽吹きの季節だから。新芽は赤っぽかったり黄色みがかってたりするし」
初めて地球に降り立った季節もやはり春だったけれど、あの時は作戦のことばかり考えていてゆっくりと景色を見る余裕などなかった…。
どことなくしんみりしてしまった二人だったが、
枯れ枝に白い鳥の群れがとまっているような木を見つけ思わず立ち止まる。
「なんだか……これはすごいな。花だけこんなに大きく……」
「この花は確かどこかで…そうだ、白木蓮っていうんだ！」
「相変わらず妙なことに詳しいな、お前は。おい、どうした？」
木を見上げるカトルは心ここにあらず、考え込んでいる風情だ。
「ええっと……なにか…ううん、誰か思い出せそうな気がするんだけど………白い…あ！」
「誰?」
「そうか、五飛だ！！」
「え〜っ？沢山咲いてるぞ、五飛の団体さんか?」
「団体って……」
思わず想像してしまったのか、カトルはクスッと笑う。
「でもこの花、群れているというよりは一つ一つがそれぞれにすっくと立ちあがってる気がしない?」
「そういわれてみればそう…かもしれない……」
花を見てあいつを思い出すなんて発想にはついていけないなと心の中で苦笑いしつつ、デュオは言葉を継いだ。
「じゃあトロワだったらどうなる？でもあいつ、花っていうイメージじゃないな」
「う…ん。トロワは緑の瞳が印象的だからね、花というよりは山かな、それも一面に芽吹き始めた緑。山笑う、っていうんだよ」
「山笑う? なんだ、それ。だいたいあいつの笑う顔なんて見たことないけどな。お前の前なら笑うこともあるのか…？」
「山笑うって行っても本当に笑うわけじゃなくて……」
カトルは周りの景色をぐるりと指さす。
「ほら、ちょうどこんな感じ。山の木々が一斉に若芽を吹いて生気にあふれた明るい様を言うんだって。少しずつ色が違うだろう？
ちょうど昨日、JPN地区について調べていたら見つけたんだ。綺麗な言葉だよね。
声を出して笑うよりほほ笑むって感じかな？」
トロワの微笑みっていうのも想像できないんだがと心の中で毒づきつつ、会話を広げようとデュオは必死だ。
何とかしてこの旅行中に、恋人未満から恋人になってやると決めたのだから。
「じゃあ僕だったらなんだと思う? デュオ」
いきなり言われて焦ったデュオはなけなしの知識を総動員して考えようとする。だが、知っている花の名前などほんのわずかだ。
「タンポポ……バラ? ええっと…ええっと……」
必死であたりをみまわすと、色鮮やかに咲きそろう卵型の花が目についた
「…そうだ、チューリップ！……チューリップなんてどうだ？」
カトルはわずかに頬をふくらます
「それってまた…女の子みたいってことじゃないよね?」
「違うにきまってるだろう。一本のまっすぐな茎の上にひとつ咲いて凛としてるところが似てるんだ。
色は黄色かな? お前も金髪だし」
もちろん可愛いからというのが一番の理由なんだけど…。
我ながら上手く誤魔化せた、とデュオが心の中で呟いていたのはいうまでもない。
「そうか、そういう見方もあるんだね。ありがとう、嬉しいよデュオ」
極上の笑顔と感謝の言葉に舞い上がったデュオは、さらに言葉を続けた。
「じゃあヒイロはどうだ?おまえ、ヒイロを花に例えられる？」
「…難しいなあ、なんだろう。L1だから桜? ちょっと違うな、椿…うーん…」
「だよな、あいつが花って想像がつかない……」
「あ、そうだ！以前姉さんがヒイロのことを白いユリみたいだって言ってたことがあったっけ」
「ユリ? あ、そいつは知ってる。確かよくゴージャスな花瓶なんかに刺さってる、でっかい花のことだろう？白とかピンクとかの」
「あれは刺さってるんじゃなくて活けてるっていうんだよ。
まあユリといっても色々あるから、シンプルな鉄砲ユリあたりならイメージが近いかも。
特に派手でもないし、鉄砲って入ってるあたりちょっと危険な感じがするだろう？
それにヒイロのガンダムも白が基調だから」
「じゃあさ、じゃあ俺は?」
「デュオ?…ん、どうかな？明るいからひまわりとかどうかな」
五飛が白木蓮でヒイロが白ユリで、どちらの機体も白い。
ならば自分の機体は黒だから黒い花はどうだろう？
そうだ、これはいいアイデアかもしれないと、デュオは得意げに声をあげた。
「じゃあ…じゃあさ、黒ユリっていうのはどうだ？ 白があるのなら黒い花もあるんじゃないのか?」
「黒ユリ……ね。確かにその名前の花はある…けど」
カトルの声がわずかに曇る。
「あの花が黒いってちょっと想像つかないな、一体どんな風なんだろう」
「そうか…うん、それもありかもしれない」
「何だよ、それ意味深だな。どんな花なんだ？」
「派手さはないけど優しい花だよ。高山植物マニアにはファンも多いしね」
「……そうか？優しい花なのか。じゃあそれで決まりっ！」
よし、いい雰囲気だ、目的に向かって一歩進んだ。
あとはこの色恋沙汰にまるっきり鈍いカトルに、どうやって想いを伝えるかだが……。
「あ、そういえば黒ユリって……」
あいまいに言葉を濁し首をひねるカトルだったが、舞い上がってあれこれと策を考えているデュオがそれに気付く筈もない。
◇ ◇ ◇
宿泊先のホテルでカトルがシャワーを浴びている隙にふと思い立って黒ユリを検索したデュオは、何とも言えない複雑な気分になった。
『黒ユリ：ユリ科バイモ属の高山植物。花言葉は愛・呪い
花径は3センチ程 うつむいて咲く姿は愛らしく高山植物マニアにはファンも多い』
(３センチしかなく愛らしいって…俺ってそんなに小さい男なのか? ヒイロのユリとはえらい違いだな。でも小さくてもファンが多いのだからよしとしよう。
花言葉の一つに呪いってあるのが気になるけど、カトルも優しい花だって言ってくれたし……）
釈然としないものを抱えつつも無理やり自分を納得させた途端、その先の文が目に入りデュオは慌てて画面を閉じた。
『だが、花には悪臭があり、英語ではスカンクユリ、汚れたおむつ等の別名が…』
(知ってたならちゃんと説明くらいしてくれてもいいんじゃないのか？
それでも俺が黒ユリってどういうわけだ?
言えなかったってことは、もしかして、もしかして俺は臭いのか? 臭いっていうことか！？)
この調子だと恋人昇格への道のりはまだまだ遠そうだ。
「いったいどうすりゃあいいんだよっ！！」
キーボードに突っ伏しながら、デュオは頭を抱え込み声にならない悲鳴を上げた。
【あとがき】久しぶり過ぎて文章がぎこちないっ！…しかも趣味に走ったお話ですね、お許しください。
地元ではもう白木蓮散ってます(苦笑）
おそらくマイナーであろう黒ユリの画像を貼っておこうと思ったのですが無料素材が見つからずじまい。
すみません……。
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