綺麗
「ねえ見て見て、デュオ。この子、確かあのときの…」
｢なんだよ、ヒルデ。お？」
思わず目をとめてしまった。
(カトルじゃねえか。またＴＶに出てんのかよ。すっかり有名人だな)
そう心の中で茶化しながらも、目を離すことができない。
｢あのピエロの子も可愛かったけどこの子も綺麗ねえ。女の子といってもとおりそう♪」
｢お前は男でもとおるけどな」
｢何よ〜！ひとんちにご飯食べに来といてその態度は！！」
｢お…っと、すまんすまん、ステーキ様、ステーキ様々」
軽口をたたきながら、それでも俺はまだ画面の中にカトルの姿を捜していた。
（綺麗…か。本当にな）
あいつほど綺麗な奴を俺は知らない。
砂漠の街でのカトルの第一印象は、まるで女の子みたいだな…と、ただそれだけだった。あいつは無愛想なヒイロと違い、会話が成り立つ、いやむしろ、喋りすぎるくらいだったから、とても気楽でいられる存在だった。
あいつをはじめて綺麗だと思ったのは、あの街を出るときのことだ。花束を見せたときのカトルの言葉に胸を打たれながらも、そのまなざしについ見とれてしまった。
『その花に誓う。いつの日か必ず、戦うときを迎えて見せる』
あの時感じた気持ちが一体何だったのか。それを再び思い出すのは、ウィナー家のビルにあいつを訪ねていったときのことだ。胡散臭げに受け付けの人間は俺を見た。無理もないだろう。お下げを妙な目つきで見られるのはいいかげん慣れてはいたが、何といってもここは上流階級に属する、名門ウイナー家だ
だが、俺の名前を端末に打ち込んだ途端、態度ががらっと変わった。
「どうぞ。ただいま会議中ですが、まもなく終わる予定になっております。少々お待ちいただければ…」
カトルは俺達の名前を全員登録していたらしい。さすが跡取り息子らしい気配りだ。いわゆる育ちの違いって奴だろう。
こんな環境であいつは暮らしていた。孤児でいつも空きっ腹を抱え、盗みやかっぱらいばかりして生きてきた俺とは正反対だ。
ビルの外に広がるコロニーの夜景を見ながら、俺はあいつを待った。ガラスに映った大勢のスーツ姿の大人達に囲まれたカトルは、まるで別の世界の住人のようだ。それを振り払うかのように、俺は大きく手を上げて合図する。
「よっ！カトル、ひさしぶりだな」
「デュオ！」
変わらぬ明るい声、妙にほっ…とさせられるあいつの笑顔。相当俺は滅入っていたらしい。カトルのほうも色々あったようだが、自分なりの答えを見つけ出していた。
もう一度、戦う。サンクキングダムの完全平和主義を守る…。
そのときの俺は素直に賛同できなかったけれど、何かを乗り越えようとするかのように希望を語るカトルの顔にまた見とれてしまった。決して明るい表情ではなかったけれど、なぜか綺麗で…。
結局俺は、結論を見出せないままカトルと別れた。少しでも早く、あいつのくれた道標を手がかりにこの気持ちの袋小路から出なければならない。そして、俺のこの感情が一体どこから来るのかも知りたかった。ピースミリオンに乗ってからの戦いは、主にモビルドールを相手にしていたからほんの少し気が楽だった。
コクピットに人はいない。そう、俺達は人殺しだ。どんなに言い訳をしたってそれは変わらない。
だから俺は、慰めとか優しさとか許しとか、そう言ったものを無意識にカトルに求めていたような気がする。
あいつもただの人間なのに。今、俺たちと変わらない生き方をしているというのに。同じ辛さを味わっているのだろうに……。
身勝手な話だな。
だが、今でも街角の雑誌に新聞に、そしてＴＶの画面にカトルを見つけては立ち止まる。
あいつは綺麗だ、誰よりも。
あいつの姿に触れるたび、俺の中の闇の部分が浄化されていくような気がする。
人を殺めることに悩みながらも、手際の良い腕前をひそかに楽しんでいた、そんな自分が…。
あとがき
ラストの４行を書きたかっただけ…な話。初期の作品なのでどこもかしこもラフですね。
どうしても気になるところだけ手直ししました。今ならもう少し丁寧に書くだろうけど……。