Ｌｉｅｒ，ｌｉｅｒ
「ああ、入って、ディアッカ。ロックはかかっていないから」
飄々としてどこか人を食ったような物言い。
ムゥ・ラ・フラガという男は、いつだって本音も隙も見せない。ここを訪れるのはこれで３度目だ。
最初はもう２度とと来るものか、と思った。
そしてその次は強制され渋々と…。そして３度目。ありとあらゆる言い訳を自分にして。
それでも。
わかっている、自ら望んでここへやって来たのだ。
初めて彼を見た瞬間、ディアッカは息を呑んだ。
ナチュラルにもこんな人間がいるのだ、と。
広い肩幅、厚い胸板、捲り上げられた袖口から覗く腕には無駄のない筋肉。ディアッカは決して細い方ではない。そのうえコーディネーターのなかでも運動能力はずば抜けて良い方だ。
……あらゆる分野で常にベスト３にいた彼等のその次、だったけれど。
それでもまだ１７歳、少年の体だ。
あの体・あの力で押さえ込まれれば、武器一つ持たない捕虜の身ではやすやすと押さえ込まれてしまうだろう。それは一つの予感だったのかもしれない。
その三日後、身をもってそれを経験してしまう破目になるとは―――。
「で、何？ あんたがＧのことで相談したいって言ってたってマードックのおっさんから聞いたんだけど？」
どうせ口実に決まっている。
何かあればすぐ退出できるよう、ディアッカはドアの側に突っ立ったままぞんざいに言葉を投げつける。
だが男の言葉は予想に反するものだった。
「おまえら、軍に入る前にアカデミーとかいうところにいたんだろう？ そのときモビルスーツに関してはどんな訓練をうけた？」
向けられた怪訝な視線をものともせず、フラガはさらに続ける。
「それともそういうのもやっぱり軍事機密とやらになるのかね？ 同じ人間だ、何か参考になればと思ったんだけど｣この男の感覚はやはり尋常ではない。それとも単に自信過剰なのだろうか。
何の努力もなしで何でも出来る。ナチュラルはコーディネーターの事をそんな風に思っていると聞かされて来たのに。
同じ人間、と言いきってしまえるのは、この艦にずっと乗っているというあのパイロットのせいかもしれないのだが。「まあ…機密にはあたらないとおもうよ、多分。でも特に変わった事はないんじゃない？ あんたはどんな訓練を受けたのさ？」
「俺？ 訓練など受けちゃいないさ。マニュアルにざっと目を通したあと乗って、いきなり演習。初っ端からあのキラを相手にしたんだぜ。
もちろんこてんこてんにやられたけどさ。そのあとはまあ、キラやあの娘ッ子達に聞いたりと、まったくの自己流｣ディアッカの金の眉が微かに上がった。この男、どうやらナチュラルの中ではかなり優秀な部類に入るらしい。
そう…、そうでなければ無様にも押さえ込まれたりしなかった…か。鬱陶しい記憶はとりあえず脳裏から追い払うことにして、いつでも逃げられるよう距離をおき、訓練を説明する。
とはいえ専用の設備が一つもないのだ、最初に習う基本の基本程度の事で、役になど立たないかもしれない。
それでもムゥ・ラ・フラガはその言葉を一言も漏らさず自分の端末に書きこみ、復唱して間違いがないのを確認する。
真摯な横顔は、間違いなく軍人のそれだった。どうやらこれでお役御免かと、踵を返そうとしたその時。
ばさり、と紙袋を押し付けられた。
「開けてみろ。で、気に入った方をもっていけ。礼だ」
「礼なんて…そんなもの、いらないですよ」
「まあいいからいいから。絶対に必要なものだって」
「必要って？｣袋に手を入れると、薄いカタログのようなものが指に当たる。
引き出したその表紙には……。「な、必要だろ」
「必要…まあ…あの……」
黒いレースのショーツ一枚の女性が、真っ赤な唇で笑いかけている。これは成人指定…つまりそういう類の本なのだ。
「まさか、初めて見るわけじゃないだろう？」
「そりゃあプラントにだってこういう本は出回っているけど…」
ディアッカはまだ17、建前上プラントの法律ではご法度だ。
とはいえ抜け道はいくらでもあるし、アカデミーの先輩がこっそり貸してくれるなど、日常茶飯事だったのだが。促され、とりあえずページをめくってみる。
だが、開いた途端、ディアッカの瞳は見開かれたまま固まってしまった。
「何？なんかおかしい？ ひょっとしてナチュラルとコーディネーターでは、造りが違ってるとか？」
「あの……あのさ、ナチュラルの間ではこれ、許可されてるわけ？」頬が熱くなっている自覚はあったが押さえきれるものではない。
「え？ ああ、無修正なのは初めて？ まあこっちでも大々的に許可されてるわけじゃないけどさ、特に珍しくはないよ。やっぱ学があるだけプラントはお上品なのかねぇ。見せちゃいけない部分にはモザイクかかってんの？それともぼかし？まさか黒ベタなんてクラシックな事やってんじゃないだろうな」
ライトに照らされた太腿の付け根、淡い茂みのその奥に覗く生々しいそれ…プラントのグラビアでは薄い布で隠されている部分だ。
女性経験がないわけではないが、こんなにくっきり見た事は一度もない。
けれどここで動揺してはこの男の思う壺だ。ディアッカは精一杯虚勢を張った。「だいたいさあ、もろに出せばいいってものでもないだろ。軽薄な笑い浮かべてがばって足を広げられるとかえって萎える。恥じらいってもんがなけりゃ」
「ほぉ〜っ！？言うじゃないの。若いもんはこういう直接的なのが良いと思ったんだけどさ。その歳でもう見飽きてるのか、経験豊かなんだな」
「余計なお世話だ」
「んじゃもう一冊の方は？マニアックだけどまあ、そういうのもおもしろいんじゃない？」
「あ…ああ、こっち？」完全に見透かされている。
そう感じたのは、楽しくてたまらないといった彼の表情のせい。
もしかしたら自分はとんでもない失敗をしでかしたのかもしれない。
落ち着きなくマニアックだという本を開けば…「こっちはもっと駄目。こういうのってオレ耐えられない」
ロープや皮の拘束具、それに蝋燭などを使ったいわゆる……ＳＭプレイ。「そ〜お？ これはわりとソフトな方だと思うけど？ 針さしたりとか鞭の打ち傷とか、見るからに痛々しいのやスカトロはないでしょ」
「でもさ、おかしいと思わない？ 抵抗できないよう拘束しないと何もできないって最低じゃん」
教室で陵辱される少女、オフィスで縛り上げられたスーツ姿の女性等々―――強姦を前提にした設定には反吐が出そうだ。「へえ〜っ、以外と潔癖症なんだ。まあ…こういったグラビアではそういうシチュエーションで作ってはいるけどさ」
そう言いながら彼はさりげなく背後に立ち、別のページを指差す。
「ほら、これなんか蝋を垂らされていかにも熱そうだろ。だけどこれはプレイ用の蝋燭っていうのがちゃんとあって、火傷はしないんだよね」
「勝手に言ってろ」
「つまり、この世界にもルールはあるって事。これはあくまでもグラビア、仮想の世界。実際のＳＭは互いの信頼関係があってこそなんだから」
「……はいはい、勝手に喋ってて。どっちもいらない、オレは帰る」
すかさず体をよじりドアに向かおうとすると、二の腕ががしっと掴まれてしまう。「あのさ、首輪や拘束具の類をかけられたら抵抗できないでしょ？それこそ、殺されても文句は言えない状況なんだ。つまりパートナーを信用してるからこそこういうプレイが出来るわけ。わかる？」
「まあお互い納得してるんならそれで良いんじゃない？ オレはゴメンだけどね」
「なんでだよ。せっかく来てくれたんだ、期待には応えなきゃ」
力任せにベッドに転がされ、腕が捻り上げられる。「痛っ…おっさん、まさか本気で…」
肩が外れそうなほどに引っ張られた腕に、ベルトのようなものが巻かれていく。
「ディアッカ、無修正のグラビアで勃ってたの、俺が気付いてないとでも思った？」
……つまり、最初からこういうつもりだったのだ。
「というわけで、俺を信用してみない？ もっと気持ち良くしてあげるからさ」
「っつ…！！ なんでおっさんを信用しなけりゃならないんだ…！」
「それに、ディアッカみたいな素直じゃない子にもこれは向いてるんだ。そうそう、俺が悪い、ディアッカは嫌なんだよね、俺が無理やりやってるんだから」
「お…い、やめろって！別にあんたに勃ったわけじゃないんだぜ！！」
覆い被さってくる体は大きく熱く、そのまま抱きすくめられると肌がざわざわと疼き出す。
「戦艦だからプレイ用の小道具なんてものはないけどさ、メカニックの連中が暇つぶしに作ったおもちゃがあるから、それなりに楽しめると思うよ」
「おもちゃって、おいっ！こら、おかしなものをもちだすんじゃねえっ！！くそったれ！一体何処にそれを使うつもり…うっ！！！」掌で口を塞がれ、あとはこの男の思うまま。この部屋に足を踏み入れた時点ですべては決まっていたのだ。
容赦ないおもちゃの振動に翻弄され、鋭い快感が全身を突き抜ける。
身体は離れたまま、触れてくるのは無機質の冷たい感触と物を扱うようにぞんざいな指先。
押し入ってくる熱の塊すら、何処か冷え冷えとして。
決して肌を合わせる事はない、虚しい、空っぽの………。
幾度いかされたのか記憶すら曖昧なまま、ぐったりとベッドに身体を投げ出す。
汗と体液にまみれ気持ちが悪い。シャワーを浴びなければと思うのに、どうにも気力がでない。……そうか。俺は打ちのめされているんだ。
こんな時ですら客観視できる自分に半ば呆れながら、ディアッカは目を瞑る。
結局、どうあがいてもこの男の単なる慰み者でしかない。
……あがいて…あが…いて………あがく？ 一体、何の為に？
「おいおい、いつまで転がってる気だ？いい加減拗ねるのはやめろ、お前もすごく気持ち良かったんだろ？」
からかうような態度、軽薄な物言い。ベッドサイドに立ち見下すような笑みを見せる。
所詮この男は、自分が満足できればそれでいいのだ。沈んでいた気持ちが次第に怒りに変わっていく。
おもむろに頭を上げ剣呑に睨めつけた途端、フラガは慌てたように頭を撫でにきた。
「わかった、わかったから。すまん、無理矢理だったのは悪かった。そう怒るな、機嫌直せ」一体人を何だと思っているのだろう。子供じゃあるまいに、そんな言葉で誤魔化されるわけがない。
そう思うのに、髪を梳くフラガの無骨な指が胸をざわつかせる。
やわらかな温もり、どこかせつなく微かに甘い感触に心が揺れて。
そのまま体を預けたい衝動に駆られ、慌てて手を振り払う。「もう二度とするなよ。次に同じ事したら、股間蹴り上げてやるからな」
捨て台詞とともに立ち上がり、派手な音をたててシャワールームのドアを閉める。
シャワーつき個室のありがたさをかみしめながら、全身を丹念にこすり、存分にお湯を使って洗い流す。
これ以上振りまわされるのは真っ平だ。
無言のまま服を身に着け、早足で部屋を出ていこうとするディアッカの背中に、フラガののんびりとした声が届く。
｢なあ、さっきの言葉だけど深読みしちゃって良いのかな」
「はあ〜？」思わず振り向くと、満面に浮かべられた笑みがディアッカを凍りつかせた。
「二度とするなって言うのは、またここへくる気があるってことだろ？ 大丈夫、次はちゃんと普通に抱いてあげるから」
【いいわけ】
行田恵順さまのサイトに影響され、衝動の赴くまま書き上げてしまいました。こんな態度とっているけれど一応フラガさん、本気です。そのつもりで書いてます。
それにしてもよく喋るキャラ同士というのは書きやすいですね。いろんなパターンの会話があれこれ想像出来て、楽しかったです♪
フラガの口調は一応録画をチェックしましたがちょっと自信ないかも。こんな言い方しないだろう、という箇所があってもどうかスルーしてくださいませ(爆)。何処かで聞いたようなこのタイトルも。