フルート　　　　　　　

　

　俺が９歳の頃のことだ。傭兵仲間に元楽師だったという二人連れがいた。
「田舎楽師だけどよ」
　そう言って、男はフルートを見せながら明るく笑う。　そして、バイオリンを持ち歩く相棒を指差し、
｢だがな、あいつは違う。芸術学院の音楽科を卒業しているんだぜ。腕が違うだろ、腕が」
と、まるで自分のことのように自慢する。
　正直なところ俺には腕の違いなんてまるで分からなかったが、この二人が時折聞かせてくれる曲がとても気に入っていた。
　フルートを吹くおしゃべりな小男は、名前をジョンといった。
バイオリンを弾く合方は見事な金髪のいかつい大男だが、容姿に似合わぬ穏やかで無口な性格で、トーマスと名乗っていた。
　俺はなぜかこの二人に気に入られたらしく、いつもお節介なまでに世話をやいてもらっていた。

　俺たちは常に戦っていたわけではない。どうかすると、１ヶ月くらい、何も仕事がないこともあった。
｢おまえ、楽器を習う気はないか？｣
　暇を持て余したジョンが、俺に声をかけてきた。
｢おまえならきっとものになる。器用だしな、なんといっても俺たちの曲を気に入っているところなぞ見所がある。どうだ、やってみないか？」
｢楽器って、あれのことか？」
　俺はバイオリンを指差した。トーマスの弾く音色はいつも心に染み入るように美しく、(それが腕の違いと言うことなのかもしれないが)ひそかに憧れていたのだ。
｢おお、おまえはあっちが好きか。そうか、でも残念だなあ。あれはな、体の大きさに合わせた楽器を使わなくちゃならないんだ。いくらなんでもトーマスのは大きすぎる。フルートなら関係ないぞ。ちゃんと俺はスペアも持っているしな｣
　いつのまにか、俺はジョンにフルートを教わることになっていた。
　見所がある…といった彼の言葉は正しかったらしい。俺は瞬く間にフルートを覚えた。
　まだまだ腕はジョンにはかなわなかったが、トーマスの弾くバイオリンに合わせて吹くことは楽しかった。
　無口な俺の気持ちのはけ口になっていたのかもしれない。

　ジョンとトーマスの最後はあっけなかった。
　連合軍の撃ったたった一発のミサイルが反乱軍の弾薬庫を吹き飛ばし、それに巻き込まれた二人は死体すら残らなかった。
　残されたフルートはそのまま俺の宝物になったが、それもじきに、戦火にまきこまれて失ってしまった。
　それきり、俺はフルートを手にすることはなかった。
　そう、あいつ…カトル･ラバーバ･ウイナーのところに身を寄せるまでは。


　勢いに押されてカトルのところについ立ち寄ってしまったのは、トーマスと同じ金髪のせいかもしれなかった。
小さい頃の楽しかった思い出といえば、あの時くらいだったから。　
　まったく疑う様子もなく、屈託のない笑顔を見せるこの華奢な少年は、俺にとって大切な存在になる…そんな予感がして、俺はいっそう無口になってしまっていた。
　また、あのような思いをするくらいなら。空っぽのはずの俺の心は、こんなに臆病だったのだ。
　カトルがバイオリンを弾いて見せた時、俺はあの二人を思い出してたまらない気持ちになり、気がつくと飾り棚のフルートを手にとっていた。
　あいつの技術はトーマスにはとても及ばなかったが、その音色の優しさがそっくりで、俺をますます臆病にさせた。
　だから俺は早々にカトルのところから退散した。そしてじきに後悔することになる。
　次にそんな予感がするやつに出会ったら、今度はそんな思いをしないで済むよう行動しよう。
　俺はそう決心した。

　

あいつが俺の心に蒔いた後悔という名の種は、やがて成長し、帰る場所や、仲間と言う果実を実らせた。
　だからこそ、俺はあいつを守るためならなんだってしてやりたいと思う。
　そう、あいつの笑顔をいつもそばで見ていられるなら、俺はどんなに幸せだろう。

　

　

あとがき
　カトルがバイオリンを弾くシーンで、トロワが他人の家のフルートを黙って使うのが、あまりにも唐突な気がして、これは絶対何かあるぞ…と思い、このような話を考えました。

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