ＢＡＣＫ

　

君の名前

　

漆黒の闇のなか、ゼロのコックピットに腰をおろし、狂おしいほどに幾度も君の名を呼んだ。
悲しみと怒りに我を忘れ、何かに駆り立てられるようにして。
繰り返し繰り返し、呼び続ける。
声にならない、言葉にならない、それでも膨れ上がる想いは、
憎しみのうねりと攻めぎあい、僕の胸を締め付ける。

　

　

ねっとりと纏わりつくような気だるいオレンジ色の夕焼けのなか、黒い影を長く引きずって僕らは歩いていた。
何も言わず、ただひたすらに前へ前へと進んでいく。
生き延びるためだけに生きる戦い、その先に何もない。
それでもただ僕は彼の背中を見つめ、足を動かしていた。

「カトル…？」
時折振り返って彼は僕の名を呼ぶ。
遅れがちな僕を咎めるように、そして時に何かを問い掛けるように。
そのたび僕はうなずいて、小走りで彼の横に並ぶ。
呼ばれるたび少しずつ、心に小さなぬくもりが灯っていく。
(ヒイロ…)
唇だけで彼の名を呼ぶ。
すがるように、もとめるように。君を、君に、君が……。

　

　

北欧の脆いガラスの王国、石造りの建物の高く広い窓際に君は立つ。
蒼い瞳が見ているのは空の向こうにある僕達の故郷、人工の箱庭。
ここでは誰もが当たり前のように君の名を口にする。

その名が持つもう一つの意味など知ることも無く。

僕にとってもそれは既に君をあらわす記号、君の全て。
Ｌ−１では、発せられた言葉に魂が宿ると言われているらしい。
何度も唇に乗せた君の名、君の唇から発せられた僕の名。
どんな形をしていたのだろう、どんな色をしていたのだろう。

　

　

再び戻った宇宙でも、僕はそれをよすがに過ごした。
やがて戦いが終わり、それぞれの場所へ戻ってからも時折君の名を呼ぶ。
一人の部屋、人ごみの中、大きな会議の壇上に立つ前にも。

そして今、傍らで空を見上げる君に、想いを込めてそっと唇に乗せる。

ヒイロ。

大切な、なによりも大切な君の。