寝息　　

月基地でメリクリウスを自爆させ地球に降りてからは、熟睡した記憶が皆無だった。
　疲れ果てて重い身体を横たえ、意識を手放すように眠りに就いたところで決して安らぐことはない。
　ヴァイエイト爆発の閃光は瞼の裏に焼き付けられたまま。
怒りと悲しみに我を忘れ、大きな力を得て有頂天になっていた愚かな自分…。
繰り返し突き付けられる現実から、何度逃れようと考えたことだろう。

　寝付いてからいくらもたたないうちにまた目が覚める。
冷たい汗と早すぎる鼓動がもたらす苦しさに身を捩り、上体を起こし膝に額を押しつけて。
傍らの寝息を乱さないよう僕はそっと視線を走らせた。
　僅かに上下する胸元は規則正しく、深い静けさは部屋に滞ったまま…。
曖昧な闇に包まれて、それでも確かに君はそこにいる。
　もう一度横になり、浅く息を吸い込む。
吐いてまた吸い、君のリズムに合わせるよう何度も繰り返して、僕はまた眠りに入る。
君が傍にいる、ただそれだけで僕の身体や心は少しずつ元気になっていった。

　今でも時折思い出す。コロニー議会や経営の舵取りがうまく行かず、眠れない夜。
　君は今、何をして暮らしているのか。何を思い、何を見ているのだろう…。
君も迷い傷ついていたあの日々。僕も支えになれていたのならいいのにと、何度も思った。
記憶をたどるように寝息を整え、浅い眠りにつきながら僕は考える。
明日こそ君にメールを送ろう。僕は元気だと、そしてまた会いたい…と。
そして出来れば…もう一度君のそばで眠りたい。

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＜あとがき＞
オフラインでどろどろに暗いやおい話を書いたので、罪滅ぼしに同時期を舞台としたプラトニック話を書いてみました。明るく健全、戦後もちゃんとカトルはヒイロに連絡を取る方法を知ってます。
ええ、寝息といっても深い意味はなく…つまりやってませんし、やりません。実際のところ(実際って？）、まあこっちの方がありえる話だよなあと思っていたり。でもヒイロさん、カトルが起きた気配に目覚めないわけはないです。生粋の戦士が爆睡してちゃ駄目でしょう。
寝たふりをして様子を見守ってた、つまり彼なりの思いやりなんです。……夢見過ぎですかねえ。

ＢＡＣＫ