また俺の思考回路が暴走を始める。
言葉どおりに告白だととっていいのだろうか？
カトルが女の子ならその解釈で間違いない。
だけど、だけど…。

俺に抱きついたまま、カトルは言葉を続ける。

「仕事で忙しいってメールをもらったから会いたいとも言えなくて。
僕の我儘で仕事を休んで会いに行くわけにも行かないし。
気がついたらピアノに向かってた。ピアノを弾いている間だけは、君が傍にいるような気がしたから」

次第に震えてくるカトルの声は、やがて小さな啜り泣きに変わっていく。

「なあ、この際だからはっきりさせておきたいんだ」

焦るあまりとんでもない事を口走らないよう、俺は慎重に言葉を探す。

「…どういうこと？」
「俺も会いたかった。いっそのこと、このコロニーに引っ越して来ようかと思ったこともあるくらいに。だから…」

そう言って体を離すと、カトルの顎を掴み強引に俺のほうを向かせた

「お前の気持ちが知りたい。そんな荷まで会いたいと思ってくれるその気持ちの意味を」
「デュ…オ…？」
「俺はお前が好きだ。友人としてだけじゃなく、もっと…こう…」

ええい、面倒だっ！
掴んだ顎はそのままに、俺はそっとカトルに口付けた。
一瞬固まってしまったカトルは、真っ赤になって俯く。

「これが俺の気持ちなんだ。おまえはどうだ？俺がこんなことをするのは…嫌か？」

心臓の鼓動がやけに大きく聞こえてくる。
カトルは黙ったまま、肩を震わせていた。

「世間から見ればどれだけ不自然かってことくらい、俺もわかってる。
出会ったときはあんな状況だったから、俺はただ慰めをおまえに求めているだけだと思ってた。おまえといると何時だって安らげたから。
だけど戦いが終わり、平和な日常ってやつに囲まれて暮らし始めても、俺はいつもおまえのことばかり考えている。
俺のほうこそ、おまえに会いたくてどうにかなりそうだったよ｣

一気にそれだけ言葉にすると、カトルの審判を待つ。

「僕は…僕も多分、デュオと同じように…思ってた。仕事の合間にはいつも君のことばかり考えていたよ。でもそれって…」

「嫌だったか？」
「え？」
「俺のキスは不快だったか？　もう二度としたくないか？」

カトルは高潮させた頬のまま顔を上げると、まっすぐに俺の目を見て小さくかぶりを振った。

「もう一度…確かめてみよう」

おそるおそるそうささやくと、俺はゆっくり顔を近づける。
ぎゅっと目を閉じるカトル。緊張のあまり歯を食いしばって。

だけどカトルは逃げなかった。
その姿かあまりにも可愛くて、俺は唇のかわりに鼻の頭にキスすると、もう一度すっぽりとカトルの体を包み込んだ。

「な、弾いてくれよ、幻想即興曲」
「え？」

どうして、と大きな碧い瞳が問いかけてくる。

「練習…してたんだろう？」
「うん、でも聞かせられるほどじゃないよ。もう少し待ってくれる？デュオの初恋の人みたいにはまだまだ弾けてないと思うから」

まさかとは思っていたけれど、あの曲に挑戦していたのはそんな理由だったのか！？
だったら答えはとっくに出てる。カトルはあの親父が勝手に決め付けた俺の『初恋の人』に妬いていたんだ。

すっかり安心してしまうと俺のおなかも安心したらしく、ぐうっと大きな音をたてた。
ムードも何もあったもんじゃない。一転した雰囲気に気が抜けたんだろう、カトルはくすくすと笑いだしてしまった。

「先に食事したほうが良いみたいだね」

腕から抜け出し、ワゴンに向かって歩き出したカトルを俺はあわてて追いかける。

「おい、倒れたばっかりだっていうのに大丈夫なのか？」
「大丈夫、一眠りしたらだいぶ良くなった。うわあ…気の遣いすぎだよ、このメニュー。まるで重病人みたいだ」

そういうと俺の皿を覗き込んだ。

「デュオの食事のほうがおいしそうだな。あ、僕の好物のクラムチャウダーだ。ローストビーフも少し分けてくれる？プディングと交換しよう。」
「ああ、そりゃあかまわないけど。さすがにこの量は多すぎるし。でもおまえ、こんなに重たいもの胃が受け付けないんじゃないのか？」
「心配ないって。睡眠時間はともかくとして、食事は結構ちゃんととっていたんだ。胃腸は弱ってないと思うよ」
「でも…」

俺はそっとカトルの頬へ手を伸ばす。あれ？なんだか高さが……。
カトルは照れくさそうに笑うと、胸を張った。

「デュオほどじゃないけどね、最近急に背が伸びたんだ。丸かった頬も少しすっきりしたし、これで年齢相応に見えるかななんて喜んでいるんだけど…変かなあ？」
「いや、食えるんだったら腹いっぱい食え。そのほうが体のためだ」

ともあれイリアさんの言うとおり(さすがに姉さんだけのことはある)、体重に関してはそう心配はなさそうだ。

改めてカトルを観察してみると、今までのどちらかといえば可愛いというイメージではなくてむしろ…

(まいったな…。こいつ、こんなに綺麗だったか？)

髪の色も瞳の色も。、少し高めの柔らかな声のトーンも以前とちっとも変わりない。
なのに見慣れていたはずのその姿が直視できないほどに眩しくて、触れるのすら憚られるような気がしてしまう。

もしかしたら、俺はとんでもないやつ惚れちまったのかもしれない。

二人並んでテーブルへ向かう。
ちょっと冷めたもののさすがウィナー家の食事だ、文句なしにうまい。
俺の心配をよそに、カトルは本当に良く食べた。

「ごちそうさまっと！　ほら、心配なかっただろう？本当に大丈夫なんだから」

ナプキンで口を拭きながら、カトルは無邪気に笑う。

「僕の病気はすっかり治ったよ。睡眠不足が半分。そしてあとの半分は…」
「何だ？」

カトルは俺の肩にちょこんと頭を乗せると、消え入りそうな声でささやいた。

「それはね、デュオ不足。だからもう…」

くう〜っ！！俺って幸せ者〜！！

「会いたいって言えば、いつだって会いに来る。いや、言われる前にきっと俺のほうが会いたくてたまらなくなるよ」

そう、誰よりも大切で誰よりも会いたくて。
やっと届いたお互いの気持ちをいつまでも守り続けていたいから。

「やっぱりあれだな、再発防止の特効薬が必要だ」
「それって、どうするつもりなの？」
「ん、それはこれから考える」

からかわれただけかと思わずそっぽを向いたカトルの後姿に、俺はそっとひとりごちた。

(少しだけ待ってろ、俺がとびきりのやつを用意してやるからな)

そうすればきっと、毎日だって会えるだろう。
遠くで心配するだけじゃなくて、いつも傍で見守ることが出来る。

いつごろこっちに引っ越そうか。そうしたら一緒にあそこにも行きたい、こんなこともしたい。

舞い上がった俺の思考回路が、三度目の暴走を始める………。