Memories +

ウィナー家のリビングには家族写真が何枚も飾られている。
今は亡き母の故郷の習慣らしい。
昼下がりに差し込む日差しからほんの少し離れた場所、コンソールテーブルに置かれたモンステラの鉢の隣が定位置だ。

写真を撮るのは主に長女のマチルダ姉さん。たまに嫁ぎ先から里帰りしては貼り替えていく。

母上の顔は写真でしか知らないし父上の写真を見ると今でも胸が痛むけれど、懐かしい昔の写真ばかりではなく姉さん達の新しい家族が一人また一人と増えていくのを見るのは嬉しい。
だけど今回だけはちょっと複雑な気分。10になるまで毎年撮られてた僕の女装写真が追加されているからだ。

リビングといってもずっとここに住んでいるのは僕くらいで（いないことも多いけれど）ほとんどプライベートの応接室となっている。
つまりもうすぐ訪ねてくるヒイロがこれを見ることになるわけで。
いっそ剥がしてしまおうか。
でもレイアウトや一緒に飾る小物、写真を貼るマスキングテープに台紙まで姉さんがとことんこだわっていたのを知っているだけに、手が出せないでいる。

アリスのコスプレだのバレリーナのチュチュだのと散々遊ばれたけれど、おそらくこれは最悪の一枚だ。
多分7歳頃だろう、頭にはティアラと小花の髪飾り、ピンクの花柄のひらひらドレス、フリルとレースたっぷりのペチコート。
爪までピンクに塗られたら、不機嫌にもなるに決まってる。上目遣いの瞳と引き結んだ唇がそれを物語る。
あれ？でも僕にはこのときの記憶がない。。これだけ色々着せられたんだから、いくらなんでも覚えていそうなものだけどあとから色々加工されたんだろうか。やっぱりこれはヒイロには見せたくないな。
たくさんあるうちの一枚だから、知らん顔していればそうそう気付くこともないか…と一人納得して振り向いたら、目の前にヒイロが立っていた。

「ヒイロ…いつの…間…に？」

「ノックはした」

いつも通りの服装でいつも通りに格好よく。蒼い瞳も変わらず涼しげで、僕はただただうろたえてしまう。
おそらく使用人の誰かが案内してくれたのだろう。それにしても前もって連絡も入れずにいきなり連れてくるなんて…。
どう対処すべきかと悩む間もなく、ヒイロは写真を眺め始めた。

「珍しいな」

「え？え…？これは…いや…あの」

慌てる僕のことなど全く気にせず、一歩踏み出したヒイロは写真をしげしげと見つめる。

「フィルム写真だろう？博物館などで見たことはあるがまだ存在していたとは驚きだ」

あ、そういうことか。

「うん、デジタルにはない魅力があるからって今でもファンが多いらしいよ。姉さんが写真好きで、趣味が高じて最近ウイナー家でも生産部門を作ったんだ」

さっさと話を変えよう。
あれ？でもそうか、フィルム写真ならあとから加工も出来ないんだ。じゃあこれは一体いつ撮られたのかな？

「あの…それ…」

「ん？何だ？」

あれ？まったく気にならない…のかな？
デュオだったら真っ先にからかってくるだろうけど、もしかしてヒイロ、気を遣ってる？
それもなんだか嫌だし、ええいもういいや。

「可笑しいだろ、それ。小さい頃、毎年のように姉さん達に遊ばれてたんだ。似合うわ〜なんてドレスやらスカートやら着せられて」

指さした写真を見て、ヒイロは首をかしげた。

「これは…お前なのか？」

「え？ああ、瞳の色が少し違うけど。フィルムだと光の加減で色合いが違って写ったりするんだ」

「でも、お前じゃない」

「え？どう見ても僕…だと思うんだけど」

パチパチパチパチパチ。

拍手の音に思わず顔をあげると、マチルダ姉さんは 嬉しそうにウインクを投げて寄越した。
側に置かれたワゴンにはティーセットと溢れんばかりのサンドイッチ、それに焼き菓子の山。
そうか、姉さんがヒイロを連れてきてくれたんだ。

「さすがね、ヒイロくん。カトルももう少ししっかりしなくちゃ。 この写真は私の娘のライラ。あの頃のカトルにとても似てたから見せたかっただけ」

うわあ、大失態！ヒイロに見られたら気恥ずかしいからと焦ってたせいかな、すっかり自分だと思い込んでいた。

でも本当にこの写真はよく似てる。
なのにヒイロはこれが僕じゃないってすぐに見分けることが出来たんだ…とても嬉しい。
でも僕だって！君の姿がすっかり変わってしまったとしても、絶対に君を見分けられる自信があるよ、絶対にね。
ちょっぴり悔しくて緩みかけた頬で睨み付けても、ヒイロは相変わらず無表情のまま。

その時カシャッとシャッターの音がした。

「姉さん！いきなりやめてよ！ほら、ヒイロも怒って。勝手に撮られたんだよ…ってあれ？それは…」

姉さんの手にしているそれは僕の知っているどのカメラとも形が違う。
ヒイロも気になるらしく、無言で見慣れぬ形の箱を見つめていた。

「これはポラロイドカメラっていうの。発売したばかりのウチの新製品…といっても大昔の設計ほぼそのままだけどね。
撮影したらその場で紙に現像できる優れもの。デジタル機能のないタイプから写真は一枚だけ」

そうか。工作員だったヒイロは写真に残されるのを極端に嫌うんだった。姉さんの気遣いがありがたい。
渡された紙はほぼ真四角で白い縁取り、どんな風に撮れてるのかな。

「ライラの写真の上に少し空いているところがあるからそこに貼っておくわね。直に現像が終わるから」

もう姉さんったら。どうしてこんなに押しが強いんだろう。

二人してできあがった写真を眺めたら、僕の顔はドレス姿のライラとそっくりだった。
上目遣いの瞳に引き結んだ唇。睨んでたつもりなのに。彼女も嬉しいけどちょっと悔しかったのかな。

そしてヒイロのほうは…あれ？

「これ、このままでいい…よね？　宝物にする」

「………ああ」

返事までたっぷり３秒間の間があったけど、よくよくみれば写真のヒイロも現実のヒイロも心なしか嬉しそうだ。
ここに写真を貼るってなんとなく家族みたい。

「これが父…でこれが母。姉さん達…みんな僕の大切な人達」

写真を指で辿りながらひとりひとり説明していく。
そして最後に彼をを指さし万感の思いを込めて。

「そしてもちろん…ヒイロも」




BACK