Will

　

ダークスーツの着こなしも身のこなしも優雅。
高貴な生まれとか育ちが良い、という言葉は彼のためにあるのだといつも思う。
いつも尊称をつけて呼ばれ、およそ解決できそうもない難問に立ち向かっていく彼はまだほんの１９だ。

「カトル様」付きの秘書となったのは半年前のこと。
懇意にしていた知人に乞われ、世襲制などこの時代になんと古臭いことかと訝しみながらこの任を引き受けた。


前当主であった父親の一連の事件に対する評価は、ＯＺに対する評価の変化とともに次第に好意的なものへとなりつつあったが、その息子については、不確かな情報が飛び交うばかりでまるで統一性がない。
戦争中は地球に留学してかくまわれていたと言う者もあれば、実はかなりの放蕩息子でずっと家出をしていて父親の死後戻ってきたという噂も耳にした。

どちらにしても、評判が良いとは言い難かったのだ…。






初めて彼を見たとき、あまりの幼さに一瞬目を疑った。
柔らかな金の髪に白い肌、桜色の唇、小柄で華奢な肢体はまるで少女のよう。
ウィナー家の当主は、Ｌ４コロニー圏の代表を兼任するのが慣わしとなっている。
この少年が代表を勤めるなど、他圏の者が納得しないに違いない。

だがそんな印象は、彼と正面から向き合うなり覆された。
まっすぐに向けられる瞳は、光溢れ多くの命をはぐぐむ南の海の色を思わせる。
若さゆえの気負いも絵空事の理想論を振りかざすこともなく、頼りなさげな容姿とは裏腹に、唇からは真摯で優しさにあふれた言葉が紡ぎだされていく。
彼のあの強さはどこから来るのだろう。

過去、歴史に見られる多くのリーダーたちが持っているようなカリスマ性があるわけではない。
だが気がつけば、私も多くの側近たちと同じように彼の一挙一動から目が離せなくなっていた。





コロニー議会が終わり控え室に引き上げると、彼は必ずミネラルウォーターのボトルを取り上げ二口飲む。
それから大きく息を吐き、ソファーに倒れこむ。
目を閉じ、こめかみに指を当てて小さく頭を振り。

やがてＬ−４代表の顔から、ウィナー家当主の顔へと変わる。
素のままでいられる時間はいくらもない。

　

それでも最近は、くつろいだ表情を垣間見せるようになった。
左下にちらりと視線を走らせ、そっと目を伏せて。

視線の先にはブレスレット…否、古風な腕時計だ。
繊細な銀細工に囲まれた白蝶貝の文字盤には細くアラビア数字が刻まれ、深い蒼のラピスラズリが竜頭にはめ込まれている。
濃い金茶の皮ベルトは紳士用としては少し華奢だが、ほっそりとした白い手首にはよく似合った。
さほど高価なものではないだろう。だがそれはまるで彼のために作られたようにしっくりと馴染んでいる。

常に秘書や側近が付き添い、スケジュールを管理する彼には、時計など必要ないのだけれど。

それはきっと大切な人からの贈り物なのだ
たとえば家族・友人・恋人…それとも恩師？　そのうちの誰かであるのは自然な事なのだけれど、でもその誰でもないのかもしれない。

彼の大きな瞳に滲む澄み切った深い碧。
きっと彼の想いもそれほどに深く優しい。

　

世襲？　

否、彼はザィード・ウィナーの息子だからではなく、自分の意思でこの立場を選んでいる。
だからこそ、大人たちの思惑と陰謀がどれだけ渦巻いていようとも、立ち向かい歩いていけるのだ。

何も知らない他人は、いい歳をして馬鹿げた夢を見ていると私のことを哂うかもしれない。

だが私は信じている。
この少年が作ろうとする未来を見守りサポートするのが私の仕事なのだ。

より良き未来へ向かう小さな一歩を、ともに踏み出すために。

　

【あとがき】
もし自分がカトル様の側近だったなら…そんな気持ちで書いてみました。
これは一応「花」の続編のつもりです。そうは見えなくてもそうなのです(ぺこり)
時計の送り主は当然のことながらヒイロ。竜頭の色が伏線なんですよ!？　　

　

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