ＲＵＮ！
これは夢だなって思いながら夢を見ることが時々ある。今の僕はちょうどそんな感じだ。
ただひたすらに、デュオと二人で走っている。何かに追われているわけではない。もちろん追いかけているわけでもなくて。
いくら走っても息は切れないし、周りは霧がかかっているように薄ぼんやりとしている。足元はまるで曇りガラスみたいでそのくせどこか不安定。
「ねえ、デュオ。なぜ僕達は走ってるのかなあ？」
聞いてみても、デュオはただにこっと微笑むだけ。うわ〜、これって極上の笑顔じゃないか！？
どうしてだろうと思いながらも、足はただひたすらに動いている。
「おいカトル、もうちょっと急げ！」
「え？これ以上速くなんて…」
無理だよと言おうとした途端、デュオとの距離がぐ〜んと広がった。
「わわわっ！待って、待ってよデュオ〜！！！」
姿が見えなくなりそうで、僕は必死で追いかける。ばたばたばたばた……あれ？この足音、僕１人分じゃないや。
ちらりと振り向くと、青いドレスを着た女の子が追いかけてきてる。気がつけば僕は手にクラシックな懐中時計を持っていて。あれれ？そういえば僕はチョッキを着ている…とくれば、このパターンは確か『不思議の国のアリス』だ！
「急がないと任務に遅れるぞ！」
ええっ？？？ 聞き覚えのあるこの声！ おそるおそるもう一度振り向くと、とんでもないことに白いエプロンを揺らしながら走っているのはヒイロだった。頭には青いリボンまでのっている。ということは、僕の頭には……。
走りながらそおっと触ってみると、やっぱり！ 柔らかくて長い耳がくっついている。
「なんなんだよおっ！これ。ヒイロもどうしてそんな格好で平気なの？」
思わず叫んだところで、ヒイロが答えるはずも無く。
どんどん小さくなるデュオの姿を僕は必死で追いかける。アリス姿のヒイロは、とんでもなく足が速い。瞬く間に僕を追いぬいてデュオと合流し、一緒に走り始める。置いてきぼりにされるのが淋しくて、僕はこれ以上出来ないっていうくらい思いっきりスピードを出した。
「急いでいるところをすまないが、頼みがある」
いきなり声をかけられて、僕は焦った。この声には聞き覚えがある。
「どこかで昼寝をしてもらわないと、ストーリーの構成上困るんだが」
ウサギの昼寝って、もしかしたら『うさぎとかめ』……？ おそるおそる声がするほうを見ると、緑に囲まれた一本道で亀が一匹僕を見上げている。
思わず立ち止まってしまった。いつのまにこんな山中に来ちゃったんだろう。手の中の懐中時計も消えて無くなっているし、その亀ときたら…
「あの…君ってトロワ…だよね！？」
どう見ても亀なんだけど僕にはわかる、間違いなくこれはトロワだ。前髪(！)がしっかり『俺はトロワだ』って自己主張してる。
ヒイロのアリス以上に滅茶苦茶だ。どうしてこんな夢を見るんだろう。夢分析、夢判断、それとも予知夢？
色々な言葉がグルグル渦巻くけど、専門家でもない僕にわかるはずもなく。
「どうでもいいけどさ、トロワ。デュオ達の姿が見えなくなりそうなんだ。 ストーリーのことなんてちょっと置いといてとにかく一緒に来てよ！」
少し首を傾げたのち、トロワはこくりと頷いた。結構大きいサイズの亀だったけど、走っても息が切れないのなら多分重くても平気だろう。
予想どうり、亀のトロワは見かけよりうんと軽い。抱きかかえている分ちょっと走りにくかったけど、それでも慌てて僕はデュオとヒイロを追いかけた。
ちっとも近づけないけれど、それでも二人の姿はどうにか見える。ともすればずるずると滑り落ちそうになるトロワを必死でかかえ、僕は走りつづけた。
このまま行くと次に出てくるのは多分…五飛なんだろうな。それに両手が塞がっているから確かめられないけど、僕はまだウサギのままなんだろうか。
「お〜い、二人とも急げっ！！」
デュオの声がかすかに聞こえる。それを聞いたトロワは、僕を見上げてこう言った。
「カトル、俺を投げろ！」
「ええっ！！？！」
「あいつらのところまで投げてくれ」
「だって、失敗したらどうするんだよ」
「大丈夫だ。多少のずれはこちらで軌道修正する」
えっ！えっ？え〜っ？？？？？？？き…きどうしゅうせい？？？？？
悩んでいると、トロワは「じゃあ、俺は勝手に行くぞ」と言うなり、僕の腕からするりと飛び出した。
｢ちょ…ちょっと待ってよ〜！｣
嘘だろうっ！？！と…飛んでる〜！
そしていつのまにか元の人間の姿に戻ったトロワは、デュオ達に合流して３人で走り始めた。
これはマズイ！ 絶対にマズイ！ とにかく五飛を捜さなきゃ。
空いた手を頭に伸ばしてみたら、やっぱりまだ耳がついたままだ。
ウサギ…ウサギ………ウサギが出てくる話って何があったっけ？
あれこれ考えた挙句に、僕は小さい頃聞いた古いＬ−１地方の昔話を思い出した…。そう、『かちかち山』だ。でもあれって確か…。
ああ、どうか五飛がタヌキの姿で出てきませんように！
「悪だ！」
急に後ろで叫び声がして僕は慌てて振りかえった。
視界に飛びこんできたのはタヌキではなく、畑の真ん中で大根を抱えたお爺さん…。時代がかったＪＰＮ地方の衣装が妙に似合っているけど、どうみてもこれは五飛そのもの。
｢あのタヌキ！！ あのタヌキが悪だあ〜！！」
額に青筋立てて怒りながら鍬を振り回しているところは、どことなく彼の青いガンダムを思わせる。
｢ど…どうした…の？」
おそるおそる声をかけると、五飛はじろりと僕を睨むやいなや、また叫んだ。
「こののところ毎日毎日畑を荒らしやがって。あの…トレーズタヌキめがっ！」
……僕が瞬時に固まってしまったのは言うまでもない。似合わない、見たくない、想像もつかない、考えたくない〜〜〜っ！タヌキのトレーズが大根畑を荒らしている姿なんて、それだけは絶対に嫌だ！！！
しかもかちかち山の話には、確かおばあさんも出てた筈。それがまた誰かに似ていたらパニックを起こすどころじゃないだろう。
畑の向こうにある小さな家に、ちらりと小柄な女性の姿が…。
「五飛！タヌキのことはちょっとあとにしてとにかく一緒に来て！」
焦った僕は、そのまま五飛の手をつかんで駆け出していた。
ばたばたばたばた…僕はまた曇りガラスの上を走っていた。いつのまにか五飛はデュオたちに追いついている。僕は見えるか見えないか、そんなギリギリのところを走っている４人を必死で追いかけて。
……どれだけ走り続けただろう。誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。ああよかった、これでやっと起きられる。
ほうっと大きく息をついて目を覚ますと、そこはシャトルの中だった。
｢うなされておいででしたよ、カトル様。大丈夫ですか？」
ラシードが心配そうに僕を覗き込んでいる。
｢ああ、大丈夫。ちょっと突拍子もない夢を見ただけだから」
そう言うと、僕は起きあがってずれかけた変装用眼鏡をもちあげた。なんとなく汗ばんでいるのはあんな夢を見たせいだろうか？
「降りる準備をなさってくださいませ。Ｌ−３に到着しました」
そうだった、今日は久しぶりに５人揃って会える日なんだ……。トロワのサーカスが昨日コロニーで最終公演を行って地球に戻るっていうから、僕とデュオとで必死に戦友会の計画を立てたんだっけ。
メルヘンな４人の姿を思い出すと、思わず笑みがこぼれた。夢の話をしたらみんな何て言うだろう？
ラシードに駄目押しとばかりに黒い帽子を被らせられ、重ね着したＴシャツの裾を引っ張りながら僕は立ちあがる。
足回りがだぶついて、どうにも落ち着かない…。スニーカーは好きだけどこの腰に引っ掛けるようにして履くっていうカーゴパンツっていうのはどうも苦手だ。
｢この格好なら誰もカトルさまだとは気付かれません。ごゆっくりなさいませ」
デュオの見たててくれた一揃いにラシードは満足げだ。
最後にどう見ても大きすぎる(ような気がする…)カーキ色の上着をわたされ、僕はほんの少し大股でシャトルのタラップを降りた。
「おおい〜！こっちだ〜！早く来いよ」
デュオの大声が、到着ロビーに響き渡る。ちょっと恥ずかしい…かもしれない。でも名前を呼ばないあたり、それなりに気を使ってくれてるんだろう。
どこにいるのかと周りを見回すと、４人が正面入り口の傍に揃って立っている。
「じゃ、ありがと。ラシード｣
このメンバーにボディーガードなんて必要ない。ラシードに手を振ってのんびり足を向けると、もう一度デュオの声が耳に飛びこんだ。
「早く来い、逃げるぞ〜っ」
ええっ？まさかこんな格好しててもばれたわけ？でもここってＬ−３だから、僕がそれほど有名だとは思えないし…。
首をひねりながらも走り寄る。するとデュオは僕の帽子をひょいとつかんで、トロワの頭に乗せた。
「これで多少は誤魔化せるだろう。ヒイロ、作戦は分かってるな。お前が指揮を取れ。それじゃ行くぞ！」
揃って５人で駆け出す。足もとの床が、まるで曇りガラスみたいな色をしていたのはいうまでもない。
｢ねえ、デュオ。なぜ僕達は走っているのかなあ？｣
「おい、カトル。もうちょっと急げ！」
「ええっ？」
これって、これってまたエンドレスエンドの夢なわけ？
……でも、現実の世界がメルヘンになるわけはなく。
トロワを追いかけるマスコミから逃れるためだったと聞かされたのは、たっぷり３時間は走り続け、さびれた場末のホテルの一室に辿り着いた後だった。巡業が大評判だったサーカスで、トロワはちょっとしたアイドルのような存在になってしまったらしい。マスコミのほかにも、ストーカーまがいの少女ファン、それに熱烈な男性ファン(！)があとをつけていたんだそうだ。
｢カトル。お前のＬ−４での苦労が、少しはわかった気がする」
照れくさそうに笑ったトロワの表情は絶品だ。
｢それにしてもこんなに時間がかかるなんてちょっと情けなかったな。もとガンダムパイロットが揃いも揃って…」
デュオが冗談めかしてそう言うと、｢たるんでる！貴様ら全員たるみすぎだ！」と、五飛が不機嫌そうにそっぽをむいた。
「五人一緒だと嫌でも目立つ」
滅多に無いヒイロのフォローに、僕は目を丸くする。
「うん、でも土地感が無いここじゃ、ばらばらになっちゃったらどうしようもないよ。コロニーって結構作りが似てるって思ってたんだけどやっぱり違うよね」
そう応えてようやく僕は気が付いた。なんだかんだいっても誰一人欠けることなく、一緒に３時間も走ったんだ。これって、どんなにむっつりしていても会えて嬉しいってことだよね。
鬱陶しい伊達眼鏡を外して、僕は皆をくるりとみまわした。
「あのさ、ここへ来るシャトルの中で、とってもおかしな夢を見たんだ。さっきみたいに走っていたんだけどね」
夢よりもずっと幸せな現実のなか、僕は満面に笑みを浮かべ話し始める……。
＜あとがき＞
ええっと…リク小説だから、もっと甘い話とか書くべきだったでしょうか？期待を外していたらごめんなさい。
キャスティングには色々迷いました。最初アリスはデュオだったし、ウーフェイのタヌキっていうのも結構似合うような気がしたし。トロワの亀は不動でしたが、最初一緒に走るのを誰にするかも最後まで迷いました。結局、リクエストしてくださった方のイチオシカップリングということでデュオに決定。
それにしてもこの話、絶対マンガで読んだ方が面白い気がします。亀トロワ、とか。どなたか描いて下さいません？