ここ最近、ヒイロと僕はずっと運が悪いとしか言いようのないすれ違いでまったく会えていない。
もちろん僕だって必死でスケジュールを調整し、なんとかしようと頑張った。
けれど、彼は辺境のコロニーを転々としていたらしく、かろうじて短いメールのやり取りをするのが精一杯。
通信機越しで話すことすらままならない日々が続いている。
それなのになぜかここ二ヶ月ほどの間、他のＧチームのメンバーとは何度も顔をあわせていた。
デュオは配達のついでだからと、先月と今月と一度ずつ来てくれた。
５日前にはトロワにも会った。Ｌ４でのサーカス公演の初日、コロニー代表として招待されたのだ。
プライベートじゃなかったから、あまり話はできなかったけれど。
そして五飛とはプリベンターの事情もあり、二週に一度のペースで顔をあわせている。
そしてようやく今日。
ヒイロがウィナー家の本社ビルに訪ねてきてくれた。
彼が来たときはいつも直接僕が受付まで出向く。
一目見た途端、僕はヒイロの変わりように思わず目を丸くした。
ほんの少しだけど、話をするのに見上げなければならない。髪が伸びたせいか少し大人びて見える。
心の中でこっそり計算したら５ヶ月も経っていた。
僕らの年頃なら、背が伸び面差しが変わるのには十分すぎる時間……。
「…ヒイロ。あの、その」
ヒイロは無言のまま頷く。瞳の中には以前とちっとも変わらない優しさが溢れていた。
来てくれてありがとう、久しぶり、ずいぶん背が伸びたね…。
嬉しすぎて、言いたいことがいろいろありすぎて、何から話せばいいんだろう…。
かわりにまぶたの裏が熱くなってくる。でもこんな場所で涙を見せるわけにはいかない。
自室へと並んで歩きながら、必死で感情を抑えようと言葉を探す。
気がつけば僕は、「そういえば五飛が一昨日来てくれたんだよ…」と話し始めてしまっていた。
「……でね、トロワのサーカスは今度Ｌ３に移動するんだって」
まずは近況報告をするのはいつものことだ。３人のことを話すのもそう。
だけどわかってる。僕が本当に言いたいのはこんなことじゃない。
それでも僕は、ここ最近の皆の話ばかり続けている。
視線をあまり合わせないまま、どこか重苦しい気持ちで。
会いたくて、でも長い間会えなかったことに、愚痴を言っているみたいだ。
もっと本当に話したいこととがあるはずなのに。
部屋に入った僕らはちょっぴりぎこちなく、それでもヒイロにソファに座るよう促し、お茶の準備を始める。
何か言わなくちゃと思うのに、気持ちばかりが焦って言葉が出ない。
どの缶にしようかと迷っていると、肘に小さな紙包みが当たって落ちた。
どうやら手作りクッキーらしい。
拾い上げるとリボンの下に小さなカードがついている。
（Ｃａｔｈｅｒｉｎｅ…って、誰だったっけ？）
必死で記憶をたどり、僕はそれがトロワの土産で(もちろん作ったのはキャスリンさんだ)つい先ほど届けられたばかりだということを思い出した。
側近の者が受け取ってくれたため、僕のところに届くのにこんなに日にちが経ってしまったのだ。
「トロワが持ってきてくれたクッキーがあるから、ミルクティーにしようか」
苦笑しながら振り向くと、ヒイロの眉間に微妙な縦皺が入っているのを見つけてしまった。
…どう応じればいいのか、きっと困ってるんだ。
そうだよね、会えない日を重ねてきてあれこれ考えていたのは僕だけじゃない。
ヒイロだってきっと、ううん、絶対平気じゃなかったはず。
だのにやっぱり言葉が見つからなくて、ぎこちなさは増すばかりだ。
テーブルの上にお皿を置いて包みを開けば、中身はココアとバニラのマーブル状になったチュイルだった。
落としたせいだろう、割れたり砕けたりして、中から小さく折りたたんだ薄ピンクの紙が覗いている。
細いペンで書かれた綺麗な文字…どうやらこれはフォーチュンクッキーらしい。
『Time is money.(時は金なり)』
…え？これってことわざだよね。
『Walls have ears.(壁に耳あり)』
……キャスリンさんって先生タイプの人なんだろうか。
気になった僕は、飛び出ている紙を次々と開いた。
『To err is human.(過ちは人の常)』
そして次の紙には
『Honesty is the best policy.(正直は最良の策)』
急に頬に血が昇っていく。
まったくもってその通りだ。僕は自分のことばかり考えて、一番大切なことを後回しにしてた。
「ごめん、ヒイロ」
それからあわててこう付け加える。
「会いに来てくれてありがとう。本当は真っ先にそう言わなきゃいけなかったのに」
言いたかったことをようやく言えてほっとした僕だけれど、それでも何となくヒイロの表情はすっきりしない。
縦皺はなくなったけれど、どこか不機嫌そうに手を差し出す。
つい握りこんでしまっていた紙を、よこせとばかりに。
紙を一瞥した彼はぼそっと呟いた。
「この字…あいつじゃない…な」
「カードにキャスリンさんの名前があったよ。トロワのお姉さんみたいな人。でもどうしてこんなことわざばかりなのかなあ」
首をひねりながら顔を上げれば、ヒイロの蒼い瞳がまっすぐ僕を見つめている。
……よかった。いつものヒイロにもどってる。
ようやく肩の力が抜けて、自然と頬が緩んだ。
さりげなく隣に腰を下ろしてみたもののちょっと照れくさく、僕はまた皿に残っている紙を広げてみる。
『Danger comes when you least expect it(油断大敵)』
「…またことわざだよ。キャスリンさんっていったい何を…」
言い終わらないうちにヒイロは、僕から取り上げた紙のうちの一枚を重ねて乗せ、ドアのほうを睨んだ。
「いつまでもそこにいないでとっとと入ってこい。で、用を済ませたら出て行け」
「はいはい、すぐに退散しますよ。ちょっとカトルの顔を見に来ただけだから」
現れたのはいつものように満面の笑みを浮かべたデュオ…なのだけれど、心なしか頬がひきつっている。
ふと気がついて皿の上を見れば、重ねられた紙に『Walls have ears.』とあった
「ヒイロさんにも会えるっていう特典つきで俺って超ラッキー。んじゃ、邪魔者はすぐに退散退散！ またな、カトル」
呆気にとられている間に、デュオはさっさと帰ってしまった。
僕らは思わず目を合わせ、小さくうなずいた。
まるでことわざに振り回されているみたいだ。
「じゃあ最後にもう一枚だけ。今度は何が出てくるかな？」
割れてない一つを取り上げ、丁寧にとりだし紙を広げる。
「う…ん。ちょっと微妙…かな」
「まだ終わるには早すぎる」
ちょっぴり不満だけど、クッキーを割るのはこれで終わりにすればいいよね。
最後の一枚に書かれていた言葉は。
『All is well that ends well.(終わりよければすべてよし)』
(……ごめんね、デュオ)
後書き：この思考回路はひょっとして女性心理かも？とか悩みました。
でも、久しぶりに会ってなんとなくぎこちないって男女問わずであるよね、と。
ウチのカトルはどんなに嬉しくても自分から抱きつくなんてことは出来ない性質だから…。
そして実はヒイロが妬いている、ということも気付かない鈍さ(汗)
リクエストくださったｋさん、散々お待たせした挙句こんな話でごめんなさい。