ＴＨＥ ＲＥＶＥＲＳＥ
「くっ…ううっ…」
小さなうめき声とともに、まだ幼さの残るカトルの顔が艶やかに歪む。未だ慣れることができない、挿入の痛みに耐えて。
完全に収まったそれを馴染ませるように小刻みに揺すると、掠れた声が漏れ、細い指が空をつかもうとする。
ヒイロはいったん動きを止め、緩やかなカーブを描く肩先に口付けると、白い肌に軽く歯をたてた。
焦らされるのが辛いのか、貫かれたその部分がそっと締め付けられ、カトルは切なそうに身震いする。そんなカトルの仕草が、ヒイロを煽っていく。
そ知らぬふりで体を密着させ、首筋に顔を埋めて舌で鎖骨の窪みをくすぐると、今度はねだるように腰を押しつけてきた。多分これも、無意識の媚態…。
カトルの体の隅々まですっかり覚えたヒイロは、意のままに反応を引き出すことができる。
体の奥の感じやすい部分を集中的に擦ってやれば、カトルは目尻に涙を浮かべ、か細い悲鳴をあげ始めた。
頬を上気させ、全身で応えてくる姿がたまらなく愛しい。
「あっ…んん…ヒイロ…ヒイ…ロぉ…」
吐息まじりで名前を呼ばれるたび、カトルのなかのそれはより熱く張り詰める。
互いの限界が近付いてきたことを知ったヒイロは、指でカトル自身を玩ぶことで自分を抑えつつ、徐々に激しく突き上げていく。
やがて、シーツを掴んだまま強ばってしまったかのようなカトルの体が、わずかに身じろぎした。
「うっ…！ い…やあ……」
叫び声と共に手の中でカトルが弾け、一歩遅れてヒイロがカトルのなかを濡らす。
決して飽くことのない深い歓びに包まれ、二人は互いを逃すまいとでもするかのように、きつく抱き合った。
空調が程よくきいたヒイロの部屋は、無機質なグレイとベージュが基調となっている。
最低限必要なものしか置かないという生活を続けてきたヒイロだが、戦うことをやめてしまった今、部屋には柔らかなファブリックや小物が少しばかり整えられ、生活の匂いを漂わせていた。
ぐったりとしたまま起き上がれないでいるカトルのために、ヒイロは二つあるグラスのうちの一つを取り上げ、なみなみとオレンジジュースを注いだ。
一旦口に含むと、そのままカトルの喉に流し込んでやる。
飲み下したカトルはようやく心地がついたらしく、大きく深呼吸をすると、恥ずかしそうに笑った。
「何だか…、いつも僕だけがぐったりしてるみたいだね」
「どういう意味だ？」
「うん…、この間から思っていたんだけど、僕は女の子じゃないでしょう？」
「あたりまえだ。それで？ 何が言いたい」
ヒイロに結論を急かされて、カトルは決心したように口を開いた。
「あの…さ、一度僕にも、その…させてくれないかな？」
口元にかすかな笑みを浮かべていたヒイロの表情が、一瞬凍り付く。
「それは、おまえが俺を抱くということか？」
カトルの言葉の意外さに、いつも冷静なヒイロもさすがに落ち着いてはいられない。
「何が気に入らない」
「違うよ。嫌だって思ったことなんか一度もない。そうじゃなくて…」
はにかみながら、カトルはうつむいた。
「僕はいつも嬉しいんだけれど、ヒイロはどうかなって考えてしまって」
「俺にはなにも不満はない。心配なら、もう一度抱いてやろうか？」
ストレートなヒイロの物言いに、カトルは耳まで真っ赤になって首を振る。
「ヒイロってば…。そういう意味じゃないよ。たださ、ヒイロにも、もっとよくなってもらいたいんだ」
「そういうことか…」
ボクダッテオトコダカラ。 言外にそう匂わせているのを、ヒイロは感じ取った。
ヒイロにしてみれば、カトルだから抱きたいのであって、性別など問題ではない。
だが男のカトルにとって、抱かれるということは、そんなに簡単に割り切れるものではないのだろうか。
「今更迷うなんて、くだらないプライドだと思うこともある。それに、ヒイロの傍にいるときは、いつもそんなことは忘れてしまうんだ。だけど一人になったときなんか、どうしても…気になって」
消え入りそうな声でそう呟く。
頬をつたう汗が一瞬涙に見えて、ヒイロの心に影を落とした。
「まずはシャワーを浴びてこい」
「え？」
「続きはそれからだ」
手際よく汗にまみれた体を清潔にしてしまうと、ヒイロはバスルームをあとにした。
先にシャワーを終えたカトルは、白いパジャマにくるまってベッドに腰を下ろし、ぼんやりと窓の外を見ている。
その愁いを含んだ横顔を見つめていると、ふと、いつもそばにおいて守ってやりたいような衝動に駆られ、気まずい思いになった。
過去幾度も書物に記されてきた、男が女に対して抱く恋愛感情と似ているような気がして。
（僕は女の子じゃないでしょう？）
カトルの言葉が、小さな染みのようにヒイロの心に残っていた。だが答えはきっと、理屈では得られない…。
ならば、自分がカトルの背中を押してやるべきだと考えたヒイロは、思い切って口を開いた。
「おまえの気持ちはわからないでもない。だが、一人で悩んでいても結論は出ないだろう」
弾かれたようにカトルは振り向く。
「ヒイロ……それって…」
「だったら行動してみるべきだ。おまえはどうしたい？」
「今、ここで？」
「急ぐ必要はない。だが、わざわざ日を違えるほどのことでもないだろう」
息を呑む微かな音が、ヒイロの耳に届いた。
「君はそれでいいの？」
「迷ったままで無理をしたら、きっとどこかで破綻する。ならば試してみる価値はあると思う」
回りくどい表現に、カトルはくすりと笑った。だがヒイロが真剣に受けとめているということは、どうやら伝わったようだ。
「じゃあ、こっちにきて」
「せっかちな奴だな。これからお茶でも入れようと思ったんだが。喉は乾いていないのか？」
「いい。さっきジュースを飲んだし」
立ち上がって、カトルはヒイロの腕をつかんだ。
「試してみる価値はあるんでしょう？」
指先が痛いほどに喰い込んでいる。
強引なカトルの態度に、ヒイロはためらっているのはむしろ自分のほうだと気付かされた。
「………そうだな」
こうなったらなるようになれだ。
促されるままにベッドに腰掛け、カトルを仰ぎ見る。心持ち緊張した表情で、カトルはヒイロの頬に手を延ばした。 そのまま唇が重なり、やがて体が重なった。
さらりとしたプラチナブロンドが、ヒイロの頬をくすぐる。ついばむような口付けを繰り返すたびに、トロリとしたものがヒイロの口中に流れこんでくる。
それがカトルの唾液だと気付いたヒイロは、そっと舌を差し入れ、カトルの舌を絡め取った。
思わずヒイロに体を預けかけたカトルは、慌てて唇を離す。
「今は僕に任せてくれる約束だよ」
頬を赤らめ、それでも真っすぐにヒイロを見据えて抗議する。
「すまない…」
最初からこれでどうしたものかと迷いながら、ヒイロは目を閉じた。
身に纏ったバスローブをぎこちなく脱がせてくる指に、ヒイロの体は次第に熱を帯びてくる。
思わず組み敷いてしまいそうになるのを必死で押さえつつ、カトルのするに任せた。
唇が喉元から肩へと這っていく。時折舌先で舐めあげられるとむず痒いような快感が背をかけのぼり、ヒイロは顔をしかめた。
「…していい？ ヒイロ」
不意に名前を呼ばれて、ヒイロは我に返った。衝動を堪えるのに必死なあまり、意味が伝わっていない。
だが、端からカトルのしたいようにさせるつもりだったヒイロは、小さく頷いた。
すると、いきなりカトルがヒイロの下半身に顔を埋めてきた。
「おいっ！ おまえが…そんなこと…」
纏い付く熱いぬめりが鋭い刺激となって、ヒイロの言葉を奪う。
しかも、的確に感じやすいところをついたカトルの舌の動きに、先ほど放ったばかりのものは、すでに勃ち上がりかけていた。
（どうしてこんなに上手いんだ…？）
次第に高まっていく感覚を振り切るように、ヒイロは上体を起こした。
「ちょ…ちょっと待て、カトル！」
「何？ ヒイロ」
先端を軽く吸ってから、カトルは顔を上げた。
幼い子供のようにあどけない瞳をしているというのに、濡れた唇だけが奇妙に淫らだ。
残酷なことを強いている…。ふとそんな気にさせられ、ヒイロは次第に嗜虐心が掻き立てられていく自分を意識する。
「……おまえ、一体どこでそんなこと覚えた？」
「いやだなあ、ヒイロ」
カトルは一瞬目を見張ると、恥ずかしそうに視線を逸らした。
「僕は、いつもヒイロがしてくれるようにしただけだよ」
言いようのない脱力感がヒイロを襲う。
「そう…か…そうだったな」
「いけなかった？」
「いや…」
「じゃあ続けるよ」
ほっとした表情で、カトルはまたヒイロのものに手を掛けた。
「待てといっただろう！」
いつになく焦った声に驚いて、カトルは手を離す。 大きく息を吐いて、ヒイロは肩の力を抜いた。
「降参だ。俺はされるよりするほうがいい。俺の方が無理して破綻してしまう」
目を丸くしてカトルはヒイロを見つめる。
「おまえはどうなんだ？」
「わからないよ。だってまだ、始めたばかりだし…」
好奇心が先にたつのか、カトルは全く意に介していない様子だ。
「これでもか？」
ヒイロはもう自分に逆らわなかった。 強引にカトルをベッドに押し倒すと、そっと抱き締める。そのままじっとしていると、カトルの鼓動が次第に早くなっていくのが感じられた。
「どうしたい？ どうしてほしい？」
ヒイロの吐息が耳元をかすめ、カトルはむずがる赤子のように首を振る。
「だって…だって…」
逃げようともがくカトルを捉えてはわざと逃がし、また捉えることを繰り返す。
「本当に逃げたいのなら逃げろ。これ以上試す必要は俺にはない。俺はおまえを抱きたい。それだけだ」
「そんな…ずる…いよ、ヒイロ」
泣きだしそうな顔をしてカトルは抵抗をやめた。
「なにがずるい？」
「僕が逃げられるわけがないのを、知っているんでしょう？」
「じゃあ…」
ヒイロは満足気に頷いた。
「それがおまえの答えだ」
腕の中のしなやかな身体から力が抜ける。ヒイロはカトルのおとがいをそっとつかむと、隅々までゆっくりと味わうように深く口付けた。
「もう一度抱く。いいな」
答えるかわりに、カトルはヒイロの首にしがみつく。 安堵して吐いた息は、やがて小さなあえぎ声へと変わっていった。
ヒイロは、キッチンでお茶の支度をしている。カトルは、足元がまだおぼつかないのか、ベッドに座り込んだままだ。
「何だか、心が和むね」
日本茶の香りに気付いたカトルがヒイロに声をかけた。
「砂糖やミルクを入れるばかりがお茶じゃないからな」
「でも最初はかなり違和感があったよ。苦いばっかりのような気がして。…その器、いいね。陶器っていうのはすごく微妙な色合で、暖かい」
お茶を受け取りながら、カトルは微笑む。
「どこか懐かしい感じがして買ってきた」
「小さい頃、似たようなのを使っていたとか」
「そうかもしれないな」
返事をしながらヒイロは、ベッドの傍にクッショを持って来て腰を下ろした。
手のひらにすっぽりと収まる湯呑み茶碗からたちのぼる湯気の向こうに優しい記憶が隠れているかもしれないと、ヒイロは目を凝らした。
カトルといると、忘れていた感情や記憶を少しずつ取り戻すことができる。それを怯え、憎みながらも心惹かれていたあの日々も、今となってはもう思い出にすぎない。
結局何も思い出せないまま顔をあげたヒイロは、そんな自分をじっと見つめている柔らかな碧い瞳に気がついた。
「どうした？」
「ごめん、ヒイロ。おかしなことを言いだして。僕は結局、世間の常識っていう枠に踊らされていたのかもしれない」
カトルの表情に、迷いの色はもうない。
「それは俺も同じだ」
「ヒイロでもそんなことあるんだ？」
以外だと言わんばかりの口調に、ヒイロは苦い笑みを浮かべた。
「俺は時折、世間でいうところの、男が女を愛するような感情でおまえを見てしまう。おまえに僕は女の子じゃないといわれたとき、俺はそれが気まずかった。そんな気持ちになるのは、お前を男としてみていないからではないかと思ったんだ」
「本当のところはどうなの？」
「性別がどうだとかは問題じゃない。俺が愛したのはカトル自身であって、感情はあとからついてくるものだからな」
ヒイロの言葉に、カトルは安心したように笑った。
「照れもせずにそんなセリフを口に出せるんだね。不思議だけど、でもそのせいかな？ 僕はいつだって、ヒイロの前では素直になれる。だからつい我侭言っちゃうけど」
「さっきも言ったはずだ、無理はするなと。おまえはおまえのままでいろ。おまえの言動が予想もつかないのは、今に始まったことじゃない」
「ヒイロほどじゃないと思うけどなあ」
不本意そうにカトルは頬を膨らませて下を向く。
「だけどさ、それってつまり、このままで全然かまわないってことだよね？」
「俺の方には不都合はないが？」
「うん…。ヒイロが満足ならばそれでいい」
「じゃなくて、おまえ自身がどう思うか、だろうが」
「いいんだよ。もともと、『僕ばっかり』って思ったのが発端だったんだから」
珍しくヒイロのほうが目を丸くした。
「そんなに…俺に申し訳なく思うほどに、おまえ…いいのか？」
「馬鹿…」
照れながら上目遣いで睨んでくるカトルの瞳が、悪戯っぽく光った。
「それ聞いて、ヒイロも経験してみたくなったとか？」
「……違うっ！」
自分の言葉がどんなにヒイロを喜ばせているか、カトルには見当もつかないらしい。
（お前も男なら理解しろ）
呆れ果てたヒイロは、カトルを睨み返そうとした。だがどうにも勢いがなく、頬が歪んだような情けない顔になってしまう。
よほどおかしかったのか、カトルはくすくすと笑いはじめた。
「ヒイロって以外と子供っぽい表情をするんだね。きっとそんな顔を知っているのは僕だけだ。デュオやトロワが見たら驚くよ。五飛なんか、あっけに取られるかも…」
ヒイロは未だ笑い止まないカトルの傍に腰を下ろすと、真顔で右腕をつかんだ。
「そんなことばかり喋っていると、もう一回抱くぞ」
カトルはぴたっと口を閉じ、目をしばたかせてヒイロを見返す。戸惑い、困っている様子がありありと感じられる。
「…嘘…だよね？」
「嘘だと思うか？」
「え……っと…あの…これ以上は…」
ヒイロが冗談を言うのをこれまでカトルは聞いたことがなかった。しかも左腕までつかまれてしまい、カトルの身体は完全に硬直してしまう。
ヒイロは唇にほんの少しだけ笑みを刷くと、そっと両手を離した。
「もう夜も遅い。眠るぞ」
言い終わるや否や毛布をめくり、ベッドにもぐり込む。
カトルも慌ててヒイロの隣に横になった。片手で毛布を衿元まで引っ張り上げると、満ち足りたような笑顔を見せる。
「明日こそ植物園にいこう。ずーっと行きそびれてるから。約束したの…いつだったかな…」
あくび混じりでそう言うと、カトルはすぐに目を瞑った。
「何だ？ おい、もう眠ったのか？」
眠ったふりをしているのかとヒイロは思ったが、やがて本当に熟睡していることに気付く。
「そうか…。そういうことか」
たった三日間の休暇のために余分の仕事をこなしただけでこの有様だ。日頃の忙しさはおのずと知れる。
「おくびにも出さないんだから、こいつは…」
その気丈さと意地っ張りこそがカトルらしいと思いつつも、ヒイロはふと不安になる。Ｌー４コロニー圏に住んだだけではまだ足りない気がして。本当にカトルに助けが必要なとき、傍にいてやれるのだろうか。
単なる過保護にすぎないと、ヒイロはまた苦笑する。
ヒイロがカトルに心惹かれたのは、多分自分を含めた人間の光も影も直視しながらも前向きでいられるひたむきな強さゆえ。そして二度の戦争で培われた理想も足元も見通せる判断力が、今のカトルをささえている。
それに、本当にそんな時が来たならば、きっとカトルは自分を呼ぶだろう。どんなに遠く離れていても聞き逃すことはありえない。
だから今は。
「我侭ならいくらでも聞いてやるからな」
頬にかかる髪をそっとかきあげてやりながらも、ヒイロは今日のようなのだけは勘弁してほしいと思うのだった。
■おまけ■
＜あとがき＞
オフラインからです。とても気に入っているのですが再版する気にもなれず、こんなところに置いて見ました。…っていうか、実はこれを置きたかったというのが裏を作った理由だったり（笑）。カトルも一応男の子ですから、受けな自分に疑問を感じることがあるかも、と思ったのがきっかけでした。
最初のＨシーンには気合入りまくり！！そのあとは……（爆）。←なお、これは初版本に載せたカットです。へたっぴながら可愛い感じは出てるかな？ お目汚しですみません（苦笑）。
