クリスマスツリー
いくら付き合いのためとはいえ、１２月に入ってからのパーティーの多さにカトルはうんざりしていた。
出欠の判断は父親である前当主の代から勤めている幹部の者に任せきりだったのだが、それにしてもこの半月で６回とはいくらなんでもひどすぎる。
形式通りの挨拶が終わり、初対面の人々との自己紹介がすめばあとはただ退屈なだけの時間だ。立食パーティーだという気安さも手伝ってか、ウィナー家の若き新当主に声をかけてくるものは多い。だが、ふられる話題にはどれも興味がわかなかった。
（縁談をちらつかせる者が４人、取引のために顔つなぎしておこうとする者が７人。もの珍しさに近寄ってきたのが２人ってとこか…。あからさまに嫌味を言う人がいないだけ、まだ今日はましなほうかな）
大きなクリスマスツリーの傍で営業用の笑みを浮かべたまま、カトルは退屈しのぎにこっそりと指を折って数える。
新しく運ばれてきたオレンジスカッシュのグラスを取り上げ、これを飲んだら何か口実をつけて帰ろうと考えていたその時、年配の紳士に声をかけられカトルは慌てて振り向いた。
「ウ…ウェリッジ公爵？ いらしてたんですか」
穏やかな人柄にいつも惹きつけられる…。このような席で出会っても気負わずに話せる、数少ない知人の一人だ。
カトルはほっとして肩の力を抜き、それからあたりを見まわす。
｢ああ、今日はリリーナは来ていないんだ。彼女はちょっと仕事が忙しくてね。
だが、今日私がエスコートしてきたのは、彼女に負けないくらいチャーミングなお嬢さんだよ。
紹介しよう。ほら、前に出ておいで。彼が話題の…ウィナー家の新しい当主だ」
背後から俯きがちに出てきた少女はリリーナより少し年上だろうか。このような席には慣れていないといった風情だ。
きらびやかに宝石や毛皮で飾り立てた人々が多い、どちらかというと派手なパーティーだったが、彼女の地味なスーツ姿は、どこかサンクキングダムの制服を思いださせた。
「はじめまして、ウィナー様。シルビア・ノベンタと申します」
水色の小花で飾られたアッシュブロンドが肩先で柔らかに揺れる。緊張気味な笑顔は、虚飾で彩られた人々のそれとは違って初々しく愛らしい。
だが、それに見とれる余裕もなく、カトルの心拍数は急激に跳ね上がっていた。
｢……どうなさいました？ あの…私何か失礼なことでも……」
あからさまに動揺してしまったカトルを見て、シルビアは不安そうに首をかしげる。
「あ…あの……すみません、あまりのお美しさについ…。カトル･ラバーバ･ウィナーです。よろしくお願いします」
咄嗟に出た言い訳だったが、どうにもわざとらしい。彼女が美人だったことが唯一の救いかもしれないが…。
そんなカトルの様子をさらりと受け流し、ウェリッジ公爵は更に言葉を続ける。
「他の列席者は年配のものばかりでシルビアも退屈しているようだ。どうだね、カトル君、しばらく彼女の相手をしてやってくれないか」
｢ええ…喜んで｣
揺れる感情を押し殺し、カトルはまた営業用の笑みを浮かべた。
（この人が、ノベンタ元帥の……）
コロニーを盾に取られてどうすることも出来ず、デュオと二人して大怪我を負ったヒイロの行方を必死で捜していたあのとき、情報網に引っかかってきたのがノベンタ一族だった。
ヒイロがシルビアと会ったのかどうかは、不明のままだったが…。
「クリスマスイブって終戦記念日なんですよね」
ぽつりとつぶやくようなその言葉に、カトルははっとしてシルビアを見る。
「それなのに皆、クリスチャンでもないのにどうしてこんなにうかれているんでしょう」
どこか責めるような口調は、先ほどあからさまな世辞を口にしてしまったカトルにも向けられているのだろう。
「辛かった記憶を必死で忘れようとしている…、そんな風に考えられませんか？」
意外だというように目を見張り、シルビアはカトルを見返す。
「先ほどは申し訳ありません。え…っと、直接お会いしたことは無いんですけれどあなたのおじい様とは少し御縁がありまして、それで驚いてしまって」
｢そうなんですの」
強張っていた少女の表情が、次第に和らいでいく。
｢元帥は立派な方でした。連合の独裁がまかり通っていたあのような時代に、真剣に地球とコロニーの和解を考えていらっしゃった。少しずつですが、地球とコロニーとの距離が縮まりつつあるこの時代をご覧になったらどれほど喜ばれるか…」
「ありがとうございます。祖父の残したものが種となって育ち、実を結ぶ日が一日も早く来ると良いのですけれど」
「失われた命を悼むことを忘れてはいけませんが、それにとらわれて振り返ってばかりでは何も生まれない。
生き残った僕達は、こころざし半ばで散った人々に恥ずかしくない世界をつくらねばと思います。そのために何が出来るかと考えると、自分の非力さが悔しいですが」
「理想を…未来を見ていらっしゃるのですね。そう、そうでなければならない……」
どこか遠い瞳で、シルビアは宙を見つめる。
｢以前、あなたと同じ位の年頃の方が私を訪ねてみえました。やはり祖父と御縁があったそうなんですが……」
もしかしたらヒイロのことかもしれない。
カトルは一言も聞き漏らすまいと、パーティーのざわめきのなか必死で耳を傾ける。
「ご自分のなさったことを悔いてばかりで、これからのことなど眼中にないご様子でした。
そう、自分という人間を軽んじておられる…。まるで存在そのものに意味などないと言わんばかりの…。」
目を細めた少女は、もう一度カトルに視線を向けた。
「ごめんなさい、おかしな話をして。私ね、あなたのお話を聞いて、その方もあなたのように未来を信じることが出来るようになっていらしてたら良いと思ったの」
シルビアの静かな微笑の中に、カトルはひとつの大きな悲しみを乗り越えた人間の強さを見た気がした。
｢きっと……大丈夫です。あの戦いで、人類は色々なことを学びました。おそらく彼も……」
僕は知ってます。誰よりもよく知っています、その人のことを…。
思わず口に出してしまいそうになり、カトルの唇が震える。蒼く真っ直ぐな眼差しが、脳裏にくっきりと蘇った。
（彼は大丈夫です。僕はあの人とともにいて色々なことを教わりました。今の彼は前を向いて歩いています。強く優しく、そして自分に厳しく……）
懐かしさに目蓋が熱くなるのを感じながら笑みを返せば、何かを感じたのか少女は小さく頷いた。
「決して…無駄にはしません。誰の死も」
「ええ、そのためのクリスマスですわ」２人は傍にある大きなツリーを見上げた。
最近の流行なのか、小さな子どもの姿を模したものや、プレゼントではなく手紙の形をしたオーナメントが多い。金色の小さな十字架がその一つ一つにつけられている。
どんな宗教を信仰していようとも、信じる神というものをもたなくても、失われた命への想いは変わらない。
輝く星の一つ一つに祈りを込めて、人はこれからもクリスマスを祝い続けるのだろう。
＜あとがき＞
クリスマスに間に合えばアップしよう…なんてのんきに書いていたら、ぎりぎり間に合ってしまいました（爆）。
暗くならなければいいなと心配していたのですが（つまり、行き当たりばったりで書いてるってことで…苦笑）、どうにか明るい結末に。良かった良かった♪
で、翌日のゴシップ誌には『ウィナー家当主の新しいお相手は、シルビア･ノベンタか！？』なんて記事が載るんでしょうか。