臆病者

　

「で、いつから？」
　唐突に投げかけられたミゲルの問いに、僕は目を見張った。
「だ〜か〜ら、いつからそういう関係なの？おまえら」
　この場合の『おまえら』とは、たった今休憩室から出ていったばかりのイザークと僕をさしているのだろう。
「ああ、大丈夫。気付いてるのは多分俺とディアッカくらいだから」
　この世話好きでおせっかいな先輩は空恐ろしいほどに勘が良い。ただひたすらにだんまりを決め込んでみたものの、全く意に介してないようだ。
「でも俺、おまえらの場合全くわかんないんだよな。普通大概見当付くんだけどさ、どっちがどっちなのかって」
「は？　どっち……って？」
「ああ、そうか。おまえまだ１５だったっけ。ん…なら…まだ…なのかな？　だったら……」
　目を丸くした僕を見て、ミゲルは慌てたように言い訳の言葉を継ぎくちごもる。
　そして、このとき僕は、本当に何の事か気付いていなかったんだ……。　

　

　

　

　あれはクルーゼ隊に配属になった五日後のこと。月基地戦線で先輩の一人が戦死した。
　その人は僕と言葉を交わしたことも無く顔もほとんど思い出せないほどだったけれど、『戦死』という名の現実を実感するには十分過ぎる出来事だった。
　実戦経験のない僕らは皆、戦うということの意味をまだ本当に理解していなかったのだろう。
　あからさまに動揺を見せたイザークが、配属当日その人に世話になっていたと知ったのは、もう少しあとのことだったけれど。

　だから多分。
　その日僕らは突然失ってしまうかもしれないそれに怯え、あせってしまったのかもしれない。
　何かに駆り立てられるように僕はイザークの姿を追い求めた。
　そして彼も。

　打ちひしがれた心を抱えた僕らは薄暗いロッカールームで出会った。
　明かりの落ちたそこは一人になりたいとき、もぐりこむのにちょうどいい場所で。
　イザークも知っていたのかそれとも偶然だったのか。捜し疲れてうずくまる僕を見付けた彼は、いつもの不機嫌そうな顔を少し歪ませ肩を掴んだ。

　一瞬の緊張。
　ぐいっと押され背を向ける格好になった僕に彼は覆い被さって………。
　重苦しい沈黙と触れ合った場所から広がっていく安堵感。混じりあい溶け合っていく相反する想いに身も心も委ね互いに縋り付いたあの時。

　

　

　

　そしてその日以来、彼は二人きりになるたび僕を腕の中に抱き込むようになった。
　僕の胸の少しうえあたりで交差している白い腕はどことなくおずおずとして、またすぐに離れていってしまいそうで。
　ひそめぎみな彼の息、布ごしに伝わるぬくもり、時折首筋に触れるさらりとした髪の感触。
　失うのが怖くて、僕は目を閉じたまま両手をそっと彼の手に添える。

　その気になれば簡単に振りほどける程に。それでもこのままいて欲しいとの想いを込めて。

　男女の恋人同士ならこのあとどうするんだろう。映画やドラマの二人は口付けを交わし、そしてそれから。
　でも僕達はいつも変わることが無い。気紛れな彼は散々悪態をついたかと思えば、言葉が途切れた瞬間僕を引き寄せる。
　そして僕もただなすがままに。

　ずっと離さないで、そばにいて。

「臆病者…」
　不意に耳元で声がする。
「何だ、この手は」
　ああそうだ。
　いつのまにか僕はこれ以上でもこれ以下でもない関係になってしまうのに怯えていた。

　でも、と僕は心の中でそっとつぶやく。
　それはあなたも同じでしょう？そうやって僕のせいにするのは……。
　唇の端にほんの少し笑みを浮かべた途端、背後の彼は急に不機嫌になる。

「おいっ！　そのままこっちを向け」
「え？」
｢こっちを向けといっている」
　振り返って横目で見上げると「そのまま！」と怒鳴られ、僕は慌てて目を閉じる。

　……？

　やわらかな感触が僕の鼻の頭に…一瞬掠めただけで離れていき。
　そしてあなたは突き放すように腕を解くやいなや、早足で部屋を出ていった。
　急に膝の力がぬけてしまった僕は、その場で座り込む。

　これが今の僕らの精一杯。
　でもいいんです。あなたは１７で僕はまだ１５。

　その時僕は、ようやくミゲルの言葉の意味を理解した。
　どっちがどっちかなんて、そんなこと今は…。

　あなたも僕も臆病なまま。
　もう少し。もう少し大人になってから。
　これからがあると信じるためにも。

　

　

＜あとがき＞
イザークが初めてニコルを抱きしめたあたりのエピソードは書き始めるときりがなくて。それが中心の話ではなかったのでとりあえず省略。脳内ではいろんなパターンが渦巻いているんですが。プラトニック＆ストイックな二人に妄想は尽きません。もちろんＨ満載な二人も好きですけどね♪