<ＰＭ１２：２４>

今、僕の周りにはヒイロが三人いる。

僕とトロワ、そして三人のヒイロは、食卓について昼食を取っていた。
とにかくこの状況に慣れようと、ヒイロと合流したのだけれど―――こんな事がずっと続いたら、僕の心臓は壊れてしまうかもしれない。
どのヒイロも、とにかく僕にベッタリなのだ。

今も食事をしながら、一人はずっと熱っぽい視線を送ってくるし、一人は優しい眼差しを向けてくるし、もう一人はひたすら無愛想なのだけど、僕のそばから離れようとしない。
―――ヒイロはずっと僕の事が好きだったのだと、トロワは言った。その事で、ずっとトロワに相談していたのだと。
僕は、先ほどのトロワの『仮説』を思い出していた―――

　

「つまりヒイロは、カトルへの気持ちをどう表現すればいいのか判らなかったんだ。自分は戦いしか能がなくて、こんな風に人を好きになったのは初めてだから、、自分自身の気持ちに戸惑っているのだと言っていた。こんな自分がカトルの思いに応えられるのだろうかと――最近はずいぶん煮詰まっていたようだ。そこで仮説なんだが―――
カトルに思いを打ち明けられず思い悩んだ末、抑圧された感情が人格となって分裂した。つまりカトルに想いを思い切りぶつけたい情熱的なヒイロと、、カトルをひたすら大切にしたい善良的なヒイロ。そしてそれらの要素が抜けて、以前にもまして無愛想になったヒイロ。……俺は、そういうことだと思うのだが」

　

確かに、三人のヒイロの様子を見ていると、トロワの仮説には頷けるものがある。……でも、いくら人格が分裂したからって、普通、体まで分裂する事はないんじゃないかなぁ。
それをトロワに言ったら、「それはメルヘンの成せる技だ」と、よくわからない答えが返ってきた。
トロワ、冷静に分析しているように見えて、やっぱりすごく動揺してるんだね……。

「カトル？　食欲がないのか？」
善良的なヒイロＡ（先刻話し合って、区別をつけるためにそう呼ぶ事にした）が、心配そうに声をかけてくれて、僕はハッと我にかえった。色々考えている間、食事の方がおろそかになっていたようだ。
「えっと、今日は色々あったせいか、あんまりおなかが空かないんだ。でも、具合が悪いわけじゃないから心配しないで」
安心させるように笑いかけたら、反対側から情熱的なヒイロＢの腕が伸びてきて、いきなり僕を抱き上げた。
「ちょっ…ヒイロ！？」
「もう食べないなら、さっさとカトルの部屋へ行こう。せっかく会いに来たのに、ここは邪魔者が多いからな」
するとヒイロＡがすかさず、
「おい、カトルが困っているだろう。それから抜け駆けは許さないぞ」
無愛想なヒイロＣは、しっかりと僕の手を握って離さない。
ヒイロ三人で僕を取り合うのは、お願いだからやめてほしい。ああ、心臓に悪すぎる……。

困り果ててトロワに助けを求めようと視線を送ったけれど、彼はただ微笑ましそうに僕らのやり取りを眺めているだけだ。どうやら成り行きを暖かく見守る事に決めたらしいけど……お願いだから助けて欲しい。
つい昨日まで、ヒイロに会えなくて恋患いしていたのに……まさかこんな展開になるとは……。

「カトルを離せ」
「嫌だ。カトルは俺のものだ」
「………」

僕が途方にくれている間にも、ヒイロ三人は揉めている。思わず深い溜息が零れたとき、
ばたんっ！　
と食堂の扉が開いた。

「………何やってんだ、お前ら………」

扉の前では息を切らしたデュオが、呆然と現実離れした光景を眺めていた―――

　

　

<ＰＭ１：１１>

場所をリビングに移し、僕とトロワは、デュオにこれまでの経緯を説明した（その間もずっと、ヒイロ達は僕の側から離れなかった）。

「はー…、なるほどねえ」
一通り話し終えた時、デュオは疲れたように脱力してソファに沈みこんでいた。
「しかし、分裂って……普通じゃないよな―…」
デュオの呟きに、とろわはまた「メルヘンだ」と答えている。………。
「それにしても…」
デュオは気を取り直すように、「よっ、」と身を起こした。早くもかれはこの状況に順応してきたようだ。
「こんな人間離れした技を使わなけりゃ素直になれないなんて、さすがヒイロだよな」
僕の隣でヒイロＢがむっとしてデュオを睨みつけている。
「人間離れとは何だ」
「冗談だよ、そんなに睨むなって……。こいつ、さっきからずーっとこっち睨んでて怖いんだけど……、俺、そんなにヒイロに嫌われてたのかなぁ」
すると、ヒイロＡがそれをフォローする。
「すまない、デュオ。嫌っているわけではなく、こいつはおまえがカトルと仲が良いのが気に入らないだけなんだ」
「……そう素直に謝られるのも不気味だな｣
「悪いが我慢してくれ」

デュオは額を押さえて「はぁ」と溜息をついた。
｢ヒイロＣが一番、元のヒイロに近いのか？」
｢どうかな……、ほんとに一言もしゃべらないんだよ」
｢極端だねぇ｣
デュオは呆れたように、また溜息をついた。
｢まったく、いつになったら素直になるのかと思っていたら、まさかこんな事になるとはなぁ｣
そのデュオの言葉に、｢ん？」と僕は引っかかった。

｢ねえ、その言い方だと、デュオも知ってたの？ヒイロの気持ち……」
｢ああ、ずっと前から知ってたぜ｣
あっさりと頷いたデュオに、僕は思わず驚きの声を上げた。
「デュオもヒイロから相談受けてたのっ！？」
｢違う違う｣
デュオが首を振って否定し、ヒイロＢは不満そうに｢俺はこんな奴に相談しない｣と呟いた。
｢見てりゃ判るって。気付いていなかったのはカトルと――あと、五飛もかな。それくらいじゃねぇの？」

がーん。そうだったんだ……？
僕がショックで惚けていると、デュオは面白そうにくつくつと笑った。
｢カトル、普段は鋭いくせに恋愛沙汰にはてんで疎いんだよな―。ま、そんなところが可愛いんだけど……」
言った途端にヒイロＢにぎろりと睨まれ、デュオは｢怖ぇ怖ぇ」と肩を竦めた。
と、その時。

ばたんっ！
―――と、またもや激しく扉が開き、入ってきたのは……
｢五飛！？」
｢ヒイロの具合は！？」
五飛はそう叫ぶと、一直線に部屋の中へと入ってきて―――そしてぴたりと、その動きが止まった。

「う、五飛……？」
もしかして、立ったまま気を失ってる……？
｢ヒイロが三人……？」

五飛の背後から茫然と呟いたのは、サリィさん。
そしてもう一人、扉の前にいたのは……
「あらまぁ、これは一体どういう事なのかしら」
｢……ドロシー……」

先客万来とは、まさにこの事だ。

　

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