<ＰＭ2：14>

気を失った五飛は、客室のベッドに寝かしつけられた。
「五飛ってばデリケートだから、自分の理解の範囲を越えたことに弱いのよね―」
　そう言うサリィさんは、最初こそ驚いたものの、もうすっかり三人のヒイロに慣れたようだ。
たくましい女性だなぁ。

　

サリィさんは、ラシードに呼ばれたらしい。昨夜取り乱したラシードが連絡したのは、トロワだけではなかったのだ。
『ヒイロがおかしいから診にきてくれ！』
と叫ぶラシードのただ事ではない様子に、これは余程のことがあったのかと、遠いところ――プリベンターの本部――から急いで駆け付けたそうなのだ。サリィさんから話を聞いた五飛も、ヒイロの事を心配してついてきたらしい。

そしてドロシーはというと、恐ろしい事にまったく偶然、訪ねて来ただけだと言う。確かに彼女は気紛れで、突然遊びに来ることはたまにあったけれど――何もこんな日に限って、と思ってしまう。

気を失ってしまった五飛はともかく、女性二人は殊の外しっかりしていたので、僕達は二人にこれまでの成り行きを説明した。

サリィさんは溜息をつき、言った。
「一応診てみるけど、私では役に立てそうにないわね。正直言って、お手上げよ」
ドロシーも隣で頷く。
「そうですわね。これは病気と言うよりも、超常現象ですわ」

確かに、僕もそう思う。……医学に縋ろうとしたラシードの気持ちもよく判るけど。
それにしても、何だか、さっきから……

「ドロシー、面白がってない？」
僕が訊くと、ドロシーはにっこりと笑った。
「あら、もちろんですわ♪　こんなに楽しい事が他にあるかしら！」

……やっぱり……。僕はがっくりと脱力した。他のメンバーも皆、呆れたように彼女を見ている。
ドロシーは、僕の側にぴったりとくっついている三人のヒイロを順番に眺めて微笑みかけた。
「これで彼がやっと素直になれたと言うなら、、それはとても素晴らしい事じゃなくて？私は別にこのままでもなんの問題もないと思いますわ」
「でも、それはやっぱり困るよ」
「あら、カトル。何が困るの？　せっかくだから、あなたも素直になってみたら？　ずっと待ち望んでいたヒイロに会えて嬉しかったでしょう？　しかも両想いだとわかって、なんの不満があるのかしら。三人のヒイロは自分にラブラブだし、うわぁまるでハーレム状態だ♪…なんて、少しでも思わなかったと言える？　さあ、正直に答えて｣

うっ…。畳み掛けるように言われて、思わず言葉に詰まってしまった。確かに、心の何処かで喜んでる自分は居たかも……

「ふふふ、その顔は図星ね？　あなたもヒイロも幸せなら、なんの問題も無いじゃないの。私は正直な人が好き。自分の感情には正直になることですわ」
すると、トロワまで、
｢……そうだな、ヒイロとカトルが幸せなら、このままでも問題は無いかもしれない」
と、言い出した。するとほかの皆まで、
「まあ、そうだな。ちょっと鬱陶しいけど、カトルが幸せなら良いか」――と、デュオ。
「私も少々不本意ではありますが、カトル様が幸せなら構いません」――と、ラシード。
そしてサリィさんが、
「私達は暫く様子を見て、それで元に戻らなかったらヒイロの事はカトルに任せましょうか」
その言葉に、皆で「うんうん」と頷いている。
なんだかすっかり、その場の雰囲気が『カトルとヒイロを暖かく見守ろう』モードになっているんだけど……。

多分、皆いい加減考えるのが嫌になってるんだと思う……。

「それじゃ、私そろそろお暇しますわね」
満足そうに微笑んで、ドロシーが立ち上がった。
「あら、もう帰るの？」
サリィさんが声を掛けると、ドロシーはにっこりと笑って、
「ええ、早くこの事をリリーナ様に報告しなくっちゃ。それじゃ皆様、ごきげんよう♪」
そう言って優雅にお辞儀をすると、くるりと身を翻して足取りも軽やかにリビングを出ていった。
………あれ？　今確か―――

「ちょ、ちょっと待って、ドロシー！」
僕は慌てて彼女を追いかけた。ヒイロには、ここで待っているように言い置いて。

　

「ドロシー！」
呼び掛けると、廊下の途中で彼女は振り向いた。
「どうしたの、カトル。慌てて？」
「リリーナさんに報告するって……」
「あら、こんな楽しい事、黙っていられるはずないでしょう？」
「だって、………まずいんじゃないの？」
僕がそう言うと、ドロシーは一瞬きょとんとしてから、すぐに「ああ、」と頷いた。
「リリーナ様がヒイロ・ユイを好きな事、きにしているのね？」
それから彼女はなんだかとても優しく笑った。
｢気を遣うことないのよ。私とリリーナ様、ずいぶんと前から『ヒイロ・ユイとカトル・ウィナーを応援する会』、を結成しているの」
「……………は？」
今、なんか凄い事を言われたような……お、おうえんするかい？？？
「ふふふっ、今日の事話したら、きっとリリーナ様喜んでくださるわ。それじゃカトル、ヒイロとお幸せにね♪」
茫然とする僕を残して、ドロシーはさも楽しげに鼻歌など歌いながら、軽やかに去っていったのだった―――

　

　

〈ＰＭ４：11〉

目が覚めた五飛は、それでもまだ現実が受け入れられないらしく、しきりに「これは夢だ、夢に違いない」と喚いている。
三人のヒイロは、相変わらず、僕のまわりをうろちょろしてる。
他の皆はすっかり見物を決め込んで、呑気に世間話などしている。
今日のウィナー家のリビングは一際賑やかだ。

「そう言えば、五人が集まったの、ひさしぶりだよなぁ」
ふと、デュオがしみじみと呟いた。トロワもそれに応えて、
「そうだな。…ヒイロが三人だから、いまは七人だが」
二人の会話を聞いて、そう言えば、と僕は思う。

今日一日は色々あって疲れたけど――思いがけずいろんな人に会えて、ずっと賑やかで…昨日まで胸にあった淋しさがいつのまにか消えていた……

　

＞＞６