＜２＞
(よりによって人とつるむのなんて真っ平ゴメンだって奴らが、どうして一緒に来るんだ？)
不機嫌この上ないといった顔つきで、デュオはカトルの後を歩いた。
デュオだって会いたくない訳ではない。確かに五人皆が揃うなんて滅多にないことだ。しかし…。
(それにわざわざあっちから来るってかあ〜？ なんか気にいらねえ）
再び１０分歩いてゲストルームへ戻ると、お通夜のような静けさのなか、ケーキと紅茶を睨みつけるようにして三人が座っていた。「いらっしゃい。揃ってなんて珍しいね、何かあったの？」
にこやかなカトルの笑顔にデュオはますます苛立ってしまう。
「特に何かあったという訳ではない。このコロニーで公演が決まったので訪ねてきた。二人に会ったのは偶然だ」
トロワの言葉になるほどとデュオは苦々しげにうなずく。
招待チケットが数枚さしだされ、カトルはうれしそうにそれを受け取った。
五飛が続いて口を開く。
「俺のほうは説明するまでもないだろう。プリベンターがウィナー家を公式に訪問すると不都合があるかもしれないとサリィ･ポウが言うので、プライベートで訪れただけだ」
「あ、そうか。来週のコロニー議会に、護衛としてプリベンターが参加してくれるんだっけ」
なんでだ？という顔をしたデュオに、カトルは小声で「平和になったからね、最近のプリベンターって暇なんだよ」と説明する。
「俺もこいつと同じ理由だ」
ヒイロは眉ひとつ動かさずそう告げた。
「ああん？なんでお前が引っ張り出されるんだ？人手、余ってるんだろうが」
あまりにも直接的な言いまわしに、五飛はデュオをジロリと睨む。
「こちらにも複雑な事情がある。今回に限り、カトルのプライベートでも護衛が必要となった。で、ヒイロにその任務がまわってきたわけだ」
「げっ！？プリベンターでもないのになんでこいつが？」
デュオには寝耳に水だった。Ｇチームのメンバーのなかでは、デュオが一番頻繁にカトルに会っている。プライベートの護衛なら自分にまわっても不思議はないだろうにと、デュオは首をひねる。
「適任、というやつだろう。じたばたするな、見苦しいぞ」
「俺は任務を遂行するだけだ」
畳み掛けるように二人に言われて、デュオは茫然と二人の顔を眺めた。
（ひょっとしてこいつらも…もしかしてカトルの事を？）
とはいえ、今ここでそういう事を聞いたところで「はいそうです」などと答えたりはしないだろう。それに自分とカトルの関係もまだおおっぴらに公言できるものではない。
このあたりは跡継ぎ問題などという古くさい習慣がいまだに残っている地域なのだ。
「今回の会議は３日間、その間公式の場でもプライベートでもずっとヒイロが行動を共にする」
それを聞いたデュオはほとんど泣きだしそうになった。
やっとカトルに会えたというのに次から次へと邪魔が入ってばかりのデュオ。なのにヒイロは、護衛という理由で３日間、しかも朝も昼も夜中までもずっとカトルと一緒にいられるのだ。
心なしかヒイロの表情が誇らしげに見えるような気がして、デュオはますます心穏やかではいられない。
「色々と不自由もあるだろうが、そういうことになった。建前上、こいつとお前は初対面という事になっている。それが二人でここにきた理由だ」
「そうですか。それでは…よろしくおねがいします、ヒイロ・ユイさん」
悪戯っぽく笑って差し出したカトルの手を、ヒイロは儀礼的に握り返す。
だがそのしぐさすらデュオの気に障ったのは言うまでもない。
「さあ、お茶がずいぶん冷めてしまったみたいだよ。みんな、遠慮しないでケーキ食べて。あ、デュオもまた食べる？二人分、追加しようね。それからサンドイッチかなんか頼もうか…」
デュオの不機嫌さをなんとかしようとカトルは一生懸命場を取り繕おうとする。
カトルのせいではない、カトルのせいではないのだと、デュオは必死に気持ちを落ち着けようと努めた。
無言のまま新たに出されたケーキをたいらげ、お前ら甘いものは苦手だったよなあと呟きながら五飛とヒイロのケーキまでヤケになって口に押し込み、カトルを中心にしてそれなりに近況報告（あのヒイロとトロワと五飛が！）をしあっているのを、デュオは信じられないといった面持ちで眺めていた。
（こ…こいつら、カトルとならそれなりに喋るじゃねえか〜。俺って一体…）
いつまで停滞が続くのやら…。占いの「挫折」のニ文字が頭に浮かび、デュオは思わずソファーにつっぷしていた。どのくらいそうしていただろうか…。ノックの音が聞こえてデュオは顔を上げた。
ひょっとして又客だろうかとドアを見やると、ラシードの姿が目に入る。
「皆様の夕食の用意ができましたので、どうぞ食堂のほうへ…」
「いや、俺達は次の仕事が…」
そう言いかけた五飛に、ラシードは１枚の紙を差し出した。
「本部からメールが届いております」
紙面を見た途端、五飛の眉がぴくりと動く。それと同時に頬が少し緩んだのをデュオは見逃さなかった。
「なんて書いてあるんだあ〜？」
もはやヤケといった調子でデュオは言葉を投げつける。
「ウィナー家当主と護衛官の親睦のため、共に食事をしてこい、だそうだ」
「表向きはそういう事です」
ラシードは柔らかく笑った。
「ひさしぶりにお揃いですから、気をきかせてくださったんでしょう」
そう言うとチラッとデュオの方を見る。
（なんとかなんないのかよ〜。ずっと邪魔されっぱなしで）
目線でそう訴えても、ラシードは笑顔を崩さない。
「それでは皆様、どうぞこちらへ」
ぞろぞろと続く列の最後を、デュオは足を引きずるようにしてついていった。
気が付くと食堂の入り口でラシードがデュオを待っている。
何か二人きりになれる良いアイデアでもあるのかと一瞬思ったのだが、どうも顔つきが穏やかではない。
ラシードは身体を曲げ、デュオの耳元に口を寄せた。
「護衛の件は私のほうからヒイロ様を御推薦いたしました。デュオ様と行動を共にされて、万が一疑われるようなことがありましたらやはり面倒なことに…」
ラシードはそう言って気まずそうにうつむく。デュオはクラリと足元が揺らいだ気がした。
（そうか…それでヒイロが…）
カトルの花嫁候補は引きも切らないと聞いている。カトルのことは信用しているけれどやはり一日も早く公言してしまいたい。いったいどうすれば？？？
今や問題はすっかりそちらにすりかわっている。
（いつまで続く停滞…いや、やっぱ挫折か？）