＜３＞
早めの夕食だったおかげで、三人は８時にウィナー家を去っていった。
見送りをした後、大急ぎでカトルの部屋へ戻り、２人で時計を見上げる
明日の仕事のために最終便に乗ることを考えると、あと１時間半しか一緒にいられない。こんなことなら明日の仕事はさぼってしまおうかなどと考えてもみたが、生真面目なカトルは許してくれないだろう。
それにしてもヒイロの奴…。護衛役をどうしてもあきらめきれないデュオは、ぎゅっと拳を握り締め、それから深くため息をついた。
「どうしたの？やっと二人きりになれたんだよ。あと少ししか一緒にいられないのに、どうしてそんな顔するの？」
不安げなカトルの表情に、デュオははっと我に返る。
「ごめん！ホントにごめん！俺、ちょっとヒイロに妬いちまっただけ。もし俺が護衛役だったならずっとカトルといられたのになんて…今更悔しがってたってしょうがないんだけどさ」
「うん…僕も同じ事考えてた。どうしてデュオじゃないんだろう」
つい先ほどその理由を聞かされたデュオは、ただ苦笑いするしかない。
「だけどさ、ヒイロって無愛想だけど結構優しいんだよ。以前地球で一緒にいたときもたくさん助けてもらったし、きっと今度も力になってくれると思う。だから、大丈夫だよ」
｢お…い、カトル。お前、本当に俺の気持ちわかっててそのセリフ言ってる？｣
無邪気に懐かしがるカトルの様子にあきれながら、デュオはカトルの肩を掴んだ。
「そうそう、言っておくけどな、ヒイロには気をつけろ。ああいうタイプの奴はえてしてムッツリ助平なんだ。おまえの魅力に負けてついオオカミにならないとも限らないから、あまりあられもない格好であいつの前をうろうろするんじゃないぞ」
カトルはきょとんとしてデュオを見返す。二三度目をしばたいたかと思うと、やがてくすくすと笑い始めた。
「ヒイロがオオカミになるなんて…想像もつかないよ。デュオって心配性なんだね」
そう言うと、カトルは肩に置かれたデュオの手を取り、両手でぎゅっと握った。
「それより、いい考えがあるんだ。あのさ、ここにいると又誰か訪ねて来そうな気がしない？だから散歩がてらスペースポートまで送っていくよ。遠回りして歩いて…どうかな？」
「お、それはグッドアイデア。でもその前に…」
デュオはするりとカトルの背中に腕を回す。
「キスくらい…させろよ、な？」
「…うん」
ようやく触れることが出来た愛しい人の唇…。その熱さを、デュオはどこか切ない気持ちでそっと心に抱きとめた。
「だめです」
カトルの提案に、ラシードはキッパリと首を振る。
「だってそれくらいは…。今までだって散歩くらいは許してくれたじゃない」
「だめです。今何時だとお思いですか？ それにスペースポートまではデュオ様がいらっしゃるから良いとしても、帰りはお一人になるんですよ」
深くため息を吐いて、ラシードは険しい表情を見せる。
「どうしてもとおっしゃるなら、御一緒させていただきます。もちろんお邪魔はいたしませんから。カトル様はもう少し御自身の安全をお考えになって下さった方がよろしいですね」
「あ…うん……」
どうする？とカトルはデュオに向かって目で合図する。
それくらいしかたがないだろうと、デュオは小さくうなずいた。
「じゃあ…行こうか…」
「あ、そうだ！これ、羽織っていけよ。当主らしくなくって良いんじゃない？」
デュオは自分の着ていた黒い上着をふわりとカトルの肩に乗せた。
「おっ！結構似合う〜。ちょっとした変装…ってか？」
少しでも場を盛り上げようと、デュオは大げさに喜んで見せる。嬉しそうなカトルの手をぎゅっと握り締め、二人して部屋を後にするつもりだったのだが……。
「で、一体おっさん達、今時分何の用なの？」
もはやヤケクソといった調子でデュオは叫ぶ。８時半にもなろうかという時間にウィナー家のビルを訪ねてきたのは、なんとゼクス・マーキスとルクレツィア・ノインだった。
デュオはカトルを庇うように1歩踏み出す。
「マーズテラフォーミングプロジェクトの資金のおねだりなら、今はお断りだ。カトルは今オフタイム。滅多にない休みを仕事で中断させようっていうんじゃないだろうな」
心の奥ではデートの邪魔をしやがって、と毒舌を吐いていたのは言うまでもない。
だがそんな様子をまるで気にもとめず、ゼクスはそっとノインの肩を抱いた。
「いや、実はだな、私達の結婚が決まったんだ。地球に帰る途中、乗っていたシャトルに整備不良が発見され、２時間ほどここで待たされることになった。この機会に直接報告に行くのも良かろうと、こうやって訪れたわけだが……」
確かに…。こんな時間だということを除けば筋は通っている。だが自分達の幸せに夢中なあまり周囲が見えていないのはどう考えても明らかだった。
「そ…それはおめでとうございます」
いかにも営業用、な笑顔で応えるカトルの声も、心なしか苛立ちに震えている。
「それでだな、おりいってお願いがあるのだが。ウィナー家の経営するホテルのなかで………」
口をはさむ隙も与えず、とうとうとまくしたてるゼクスの押しの強さは天下無敵だ。傍若無人なその振舞いに、二人は唖然とするばかり…。
「どうしてこうなっちゃうんだろう？」
そっと耳打ちしてくるカトルに、デュオもうんざりしたように言葉を返す。
「内緒にしているから、皆厚かましく邪魔をするんだ。いっそのこと、カミングアウトしちまったほうが楽なんじゃないのか？」
「それ、本気で言ってるの？」
怪訝な視線を向けてくるカトルを尻目に、デュオは再び時計を見上げた。
時計の針は既に９時を過ぎている。最終便に乗るためには、今すぐここを発たなければならない。
（ええい、もうどうなったってかまうもんか！仕事を無断欠勤しようがカトルに怒られようが、今夜は絶対一緒に過ごすからな！！）
悲壮な決心を固めたデュオだったが、３０分もしないうちにカトルに急な仕事が入り、一人淋しくウイナー家の客間に取り残されてしまう羽目になる……というのは想像に難くない。広すぎる天蓋つきベッドの真中で、デュオはこの日最大級のため息をついた
「あ〜あ……やっぱ挫折…だったか」
＜あとがき＞
転がる石のように次から次へと邪魔がはいる２人でした。やれやれ…。
リクエストしてくれた方がデュオファンだから、というわけでもないのですが、この話、カトルの影の薄いこと薄いこと…。ごめんなさい！
それにしてもカトルには、まだ恋愛をしている自覚が薄いようですね。他の三人にもまだ見こみはありそう。
一人占め禁止！ですよ、デュオ(苦笑)。なお、「前進、停滞、挫折…」というユニークな花占いは、「BANANA FISH」で有名な吉田秋生さんの初期の作品に載っていたものです。どうしても作品名が思い出せなくて…。御存知の方、ぜひ御一報下さい。