ＬＩＫＥ Ａ ＲＯＬＬＩＮＧ ＳＴＯＮＥ
「前進、停滞、挫折。前進、停滞、挫折…」
Ｌ−２コロニーの下町、安アパートの一室でデュオ・マックスウェルはひとり言を繰り返している。
「前進、停滞、挫折…っと、くそ〜！また挫折かよっ！」
花占いもどき…といっても殺風景な男の一人暮しの部屋に、花などある筈もない。
デュオが数えているのは、自分のミツアミの数だった。
「これ以上きつくすると窮屈だし、緩めるとほつれちまう。これで三回目、挫折続きか」
デュオはほぉっと大きなため息をついた。
１回目はカップに描かれた動物の数。二回目は薄汚れた天井についている染みを数えて。
はたから見れば、全く暇を持て余しているようだが、実際その通り。
デュオは芯から退屈していたのだった。デュオの仕事はおおむね５日行って２日休み。いわゆる週休２日というシステムになっている。
一方最愛の恋人、カトルのほうは全く不定期だ。
宗教的なものがあるのかもしれないが、日曜日だから休みになるとは限らないらしい。
それでも１ヶ月に一度くらいはデュオと休みが重なる。だから二人が会えるのは月に一度…とはならないのがデュオの悩みの種だ。
とにかくカトルには身内が多い。デュオの場合、友人との予定があっても、「ちょっとヤボ用な！」で済むのだが、カトルの場合はそうもいかない。会おうとしても、姉さんだの従兄弟だのと先約が入ってしまっていて、一緒にお茶を飲めたらラッキー、という日がずっと続いている。
ましてや今日は、カトルは仕事でデュオはフリー。いつもなら昼まで寝坊して、午後からさっさと何処かへ遊びに行くところなのだが、何故か胸のあたりが落ち着かない。
「これがあいつの言うところの宇宙の心って奴なのかなあ。なんか出かけちゃいけない気がするんだ…」
とはいえ、珍しく朝７時に目を覚ましてもうすぐお昼。
５時間も部屋に一人で閉じこもっているなど、デュオにとっては拷問に近い。
「くっそ〜！昼飯でもどこかに食いに行くか…」
立ちあがって着替えようとしたその時、携帯が鳴った。予感的中！電話は愛しいカトルからだった。
「うん、そう。急に休みになった。会談するはずだったＬ-５のお偉いさんが急病になって。ほかの日に入ってる予定を今日に回そうなんて話もあったんだけど、無理言って空けてもらったんだ。会える? ああ、よかった。君のことだから、友達とどこかに出かけてるかなあなんて思ってたんだけど｣
「ばかか、お前！ ダチと一緒でも、お前に会えるんならほっぽってお前んとこに行くに決まってんだろうが。そうだな、今からなら高速シャトルを使えば２時間足らずでつけるだろう。待ってろ、絶対に予定をいれるなよ！！｣
そう叫んでから電話を切ると、そそくさと上着を羽織ってシャトルの時刻表を調べる。
「今から行けば１２時５分のシャトルに乗れるな！」
昼食代わりにそばにあったスナック菓子の袋とコーラをひっ掴み、デュオは部屋をあとにした。
「よ〜し！前進っ！」
L−４コロニー中央スペースポートまでの旅はつつがなく、出口でカトルの笑顔に迎えられたデュオは幸せの絶頂だった。たとえ護衛にラシードがついてこようとも、あのけたたましい姉さんと呼ばれる人種がそばに控えている事に比べたら全然OKだ。「ではデュオ様、カトル様をよろしくお願いします」の一言で、いつもさっさと帰ってくれる、理解ある保護者(？)なのだから…。
だが、今日はいつもと様子が違う。どうやら人込みに紛れて他にも何人か護衛がいるようだ。
「おっさん、一体この物々しさは何事だ?」
こっそりデュオが問いかけると、ラシードは困ったような顔をした。
「ウィナー家の護衛が大勢…でもカトルは仕事がオフ…」
厭な予感がしたデュオは、慌ててカトルの腕を掴んだ。
「な、なに？」
「いいから全速力で走れ! 逃げるぞ！」
「で…でも…」
「急げ！きちまったらどうするんだ!!」
「あの…その…」
カトルは言いにくそうに俯いた。
「僕がここにいるのは…その…セシリア姉さんの出迎えもかねてるんだ」
やっぱりそうか…。デュオはがっくりと肩を落とした。
あちこちの資源衛星や支局をまわって監視役を務めているカトルの右腕、三女のセシリア・ウィナー。
彼女がくるという事は……。
「お…い…また二人っきりになれないのかよ…」
うな垂れたデュオの背中を、カトルはぽんぽんと宥めるように叩いてくる。
「今日は君が先約だから大丈夫！挨拶だけはどうしてもって皆が言うからついてきただけ｣
｢ホントか？｣
「そうだよ。誰にも邪魔させない！」
キッパリそう言って微笑むカトルの愛らしさときたら！ デュオの機嫌は瞬く間になおってしまった。
｢ま、ちょっと位停滞したって…良しとしようか。そのあとはずっと二人っきりだからな」
こくりと頷くカトルの肩に、デュオはそっと手を置いた。
セシリア・ウィナ―は、カトルを少しきつくした感じの美人だ。髪はアッシュブロンド、瞳は綺麗な蒼水晶。
歳は３０を過ぎているらしいが、すらりとしたナイスボディ―のせいか、どう見ても２０代にしかみえない。
だが性格ときたら…！強引を絵に描いたようで、そのうえやり手。いっそのこと当主の座を姉に譲ってしまった方がカトルのためにも良いんじゃないかとデュオは心密かに思っていた。
だが当の御本人は、一箇所にじっとしているのはごめんだからと気ままに宇宙を飛び回っているらしい。
あでやかな空気を撒き散らしながら彼女がカトルに近づいてきた途端、デュオはまたもや厭な予感がした。
「か・と・る〜。ちょっと付き合ってもらうわよ♪ もちろんそちらの彼も御一緒に」
うむを言わせぬ威圧感に、二人はたじたじとなった。どうみてもあちらさんのほうがトップの風格を備えているようだと、デュオは思わず苦笑する。
「ね…姉さん、今日は遠くから友人が訪ねて来てるから、後にしてくれない？」
「あらあ、だからいってるでしょ？そちらの彼も御一緒にって。ね、少しくらいいいわよね、ねっ！それとも…二人きり、じゃないとまずい関係、なのかな？」
本気ともジョークともつかない物言いだが、後ろ暗い（？）ところのある二人にはほとんど脅しに近い。
思わず目と目を見交わすと、カトルはしかたがない、といった顔をした。
「どうやら姉さん、デュオのこと気に入ったみたい」
以前トロワが来た時も…と言いかけたカトルを制し、デュオはそっと耳元で囁く。
「ちょっとだけ付き合って、それから…」「うん…」
こうなれば、何とかして早く済ませるのみ！だ。
しぶしぶとウィナー家のゲストルームへ引っ張られていき、二人して奇妙な民族衣装を試着させられ、断食月開けの菓子とやら（どこの土産だ？）を頬張らされて、あまりの甘さに頭痛がし…。
散々振りまわされた二人は、小一時間ほどでやっと退散することができた。
「ふう〜っ！やっと一息つけるな」
ゲストルームからカトルの私室まで徒歩１０分。扉を閉めて部屋にカギをかけるのももどかしく、デュオはカトルの身体を抱き寄せた。
「ちょっと…こんなにせっかちな…」
「ずっとおあずけくらってたんだから、しかたないだろ」
「デュオってば……」
唇をそっと触れ合わせるだけの軽いキスしかした事のない二人。だがそれすら恥ずかしがって、カトルはいつも逃げがちになってしまう。
「な、もうそろそろ…いいだろ！？大人のキス…」
「え？…でも…まだそんな…」
気持ちを押さえきれず、強引に唇を奪おうとしたそのとき、部屋に備え付けられている電話がけたたましく鳴った。「おいっ！カトル、これどうにかなんないのかあ！？」
うんざりしたようにデュオは電話を睨んだ。
「だって…これって緊急連絡用なんだよ。よっぽどの時じゃなきゃ使わないことになってる」
「よっぽどの時〜？ それじゃでなきゃいけないのか？ 居留守使えよ〜」
「僕らがここにいるって、みんな知ってるじゃないか。それに事故だとかそういうのだと困るし…とにかくでてみるよ」
あたふたと電話に出たカトルに耳に聞こえてきたのは…。
「カトル様、プリベンターの五飛様と御友人のヒイロ様、それにトロワ様がお揃いでお見えです」しばし気まずい沈黙が二人の間を支配する。
「……おい、カトル」
「うん…」
「やっぱり、あいつらに会うのか？」
「滅多ににないことだから、訪ねて来てくれたときは何があっても連絡を入れるようにって部下に話してあるんだよ。だから…」
もうゲストルームへ来ているとカトルに告げられ、デュオはがっくりと肩を落とした。