初秋とはいえ、地球の気候の変化は予想以上に変化に富むものらしい。
ＯＺの追っ手を避けるように逃げ込んだ山奥の岩場を寝場所に選んだその日。
明け方目覚めたカトルは、染み入ってくる寒さに身を震わせた。
携帯用の毛布一枚では防ぎきれないほどに気温が下がってきているようだ。

同じ毛布の下に眠るヒイロの呼吸は静かで規則正しい。カトルは思い切ってぴったりとヒイロに身を寄せた。
伝わってくる人肌の温もりは、カトルをただの子どもに戻してしまう。
犯した過ちに怯え凍り付いてしまった心が、ほんのすこし柔らかくなっていた。
この一時くらい忘れることが許されるかもしれない…。
象牙色の肌は思いのほか滑らかで、カトルは無意識のうちにヒイロの背に腕を回し縋り付く。

おそるおそる寝顔を盗み見ると、黒い睫毛が微かに震え薄く目が見開かれた。
突放されるのではないかと怯えながらも身体を離すことが出来ず、カトルはそっと息をひそめる。
だがそれも束の間。
傷ついた魂を抱えたまま、二人は互いの体温だけをよすがに再び眠りへと落ちていく。


いつのまにか体を寄せ合って眠るのが当たり前のようになっていた。
寒さに弱いカトルは胎児のように身体を丸め、ヒイロはそんなカトルを抱き込むようにして温もりを得る。
野宿がもう４日も続いている。日毎に厳しくなる寒さを防ぐにはそれしかないのだと何度も自分に言い聞かせながら、カトルはヒイロにしがみついて眠った。




５日目には森のはずれにある廃屋を宿とした。
空は晴れわたり、複雑に絡み合った梢の間から幾千もの星が空にきらめいている。
カトルは窓を開けて埃を払い少しでも居心地がいいようにと部屋を整え、ヒイロは残されたものの中から使えそうなものをあれこれと捜し回る。
ガスコンロと食料の缶詰、それにタオルを見付けた二人は何日ぶりかの暖かい食事を取り、近くの小川から汲んだ水を沸かして身を清めた。
ヒイロはただ淡々と作業をこなしていくだけだったが、慣れない野宿に疲れきっていたカトルには、その一つ一つが物珍しく嬉しい。

全てが終わると、ヒイロはどこからかキルトのうわがけを見付けだし、一つだけおかれたぼろぼろのベッドのうえに広げた。
壁と屋根があるだけでこんなにも暖かい…。
ようやく緊張感から解放されたカトルは、子どもの様に抱かれて眠った日々が照れ臭く、戸惑いながらベッドの端に腰を下ろした。
そんなカトルの様子にはまるで頓着せず、ヒイロはいつものように毛布でカトルをつつみ抱き寄せる。

気恥ずかしさが拭いきれないまま、カトルはぎゅっと目を瞑った。
触れ合った肌の奥深くが疼くように火照っている。もぞもぞと落ち着きなく体を動かしているうちに、カトルは下半身が熱を持ち出しているのに気付いた。
慌てて腰を退こうとするが、ヒイロの腕に阻まれてままならない。

気まずさのあまり身を強ばらせてしまったカトルの背を、ヒイロは二度指先で叩いてくる。
意外な態度に、カトルは思わず目を見開きヒイロを見上げた。
だがヒイロは、そ知らぬ顔で再びカトルの背を二度ノックする。

……いいか？　そう尋ねられているような気がして、カトルは迷った挙げ句に小さく首肯いた。
意図は読めなかったが、地球に降りてからずっと心も体もすっかりヒイロに預けてしまっている。
今更彼が何かしたところで、悪いことが起こるはずもない。

ヒイロがシャツのボタンをはずしはじめても、たった今着替えたばかりなのになぜ？とカトルはただ不思議に思うだけ。
胸元をまさぐる指先の意味もわからず、カトルの戸惑いは増すばかりだ。
ようやく事態を理解したのは、下肢にのばされた手がはっきりそれとわかる動きをしはじめたときだった。



「ヒイロ、何を…っ！？」
下半身に生れる甘い痺れにカトルは言葉を失った。
手慣れた指は薄い布地の内側に滑り込み、丹念に未成熟な果実を煽っていく。
下方の柔らかな膨らみをそっとなぞり、敏感な先端まで辿ってはまた離れ…。
太股のつけねが引きつったように痙攣し、身体は悦びに流されるばかりで逃れることもかなわない。

「我慢する必要はない。お前の好きに…」
低く圧し殺した声が耳を擽り、体中の血が沸き立っていく。
はちきれんばかりの高まりを包み込むように揺さ振られ、カトルは鋭すぎる感覚に悲鳴をあげヒイロの肩にしがみついた。

「くぅっ…！」
瞼の裏が真っ白に弾け、目尻に涙が滲む。
全身をヒイロに預けたまま、カトルは小さな呻き声とともに陥落のあかしを迸らせ崩れ落ちた。


弾む息、果ててなお残る快楽の余韻……。
霞んだ視界の片隅に紅潮したヒイロの頬が映っている。
導かれるままに伸ばした指先に熱い塊を感じたカトルは、ぎこちない手つきでそれを握り込んだ。
おそるおそるヒイロのやり方を真似て返せば、普段の頑なな表情が瞬く間に余裕のないそれに変わっていく。

初めて見るヒイロの素顔にカトルは歓びを覚えた。
額にかかる忙しない息が、一度放ったはずの熱を再び呼び覚ます。

それは共犯者だけが持ち得る連帯感なのだろうか。
二人は一晩中互いを求め続け、繰り返しきざす欲望を解放し合った。







翌朝遅くカトルが目をさましたとき、隣はもう裳抜けのからだった。
小屋のどこにもにもヒイロの気配はない。
気恥ずかしさのあまりどんな顔で会えばいいのかと戸惑っていたカトルは大きく安堵の息を吐いた。

一体彼はどこであのようなことを覚えたのだろう。
男同士で慰めあう―――戦場ではよくあることだとどこかで聞いた気がする。
ただそれだけの行為だったのだろうか…。

あれこれと思い巡らしているうちに、ようやく呑気にしている暇はなかったと気付いたカトルは慌てて起き上がった。
いくら居心地が良いとはいえ、ここもまた一日限りの仮住居にすぎないのだ。

サイドテーブルに冷めかけたチリビーンズの入ったボウルと乾パンがいくつか乗っている。
傍に空の容器とパン屑が転がっているところを見ると、どうやらこれはカトルのぶんらしい。
どうみても朝食向きとはいえないそれを少しずつ口に運んでいるうちに、カトルはヒイロの荷物が消えていることに気付いた。

（そうか……。そういうこと…なんだ）

昨夜のあれは、彼なりの餞別だったのだろう。
それとも単に欲望の処理のため、手ごろな相手としてカトルを利用したのか。
どちらにしても、今日別れる心積もりだったことだけは間違いない。

先日通った町でトレーズ派が傭兵を募っていたことに思い至り、カトルは小さく息を吐いた。
最初から違うものを見ていたのだ、いつかこんな日が来ると覚悟していたはずなのに。

暗雲が垂れ込める空に視線をやったカトルは、そそくさと朝食を終え自分の荷物をまとめて小屋をでた。

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