ルクレツィア・ノインの導きでサンクキングダムの豪奢な学園に招き入れられた二人には、男子職員用宿舎の一室がそれぞれ与えられた。
僅かな手荷物を整理し与えられた制服や衣類を確かめ、学園生活の日課に目を通す。
初めての学校生活に戸惑いながらもようやく最初の一日を終えたカトルは、広々としたベッドに横たわりそっと目を閉じた。
清潔なシーツやさらりとしたパジャマの感触が肌に心地よい。
部屋の気温は空調で程好く管理され、海に面し森林に囲まれた学園は至って静かだ。
かつてのコロニーでの暮らしを彷彿とさせる生活。
ひととき住み慣れた家に思いを馳せたカトルだったが、じきに落ち着きなく毛布を抱いたままベッドの上で何度も転げ回る。
もう二人で眠る理由はどこにもない。なのにどうしてこんなにもヒイロの姿を求めてしまうのだろう……。
歯噛みしながら小さく首を振ったカトルはやがて起き上がり、横になったまま外を眺められるようカーテンと窓を少しだけ開いた。
落葉樹の小枝が風に揺れる様や瞬く星々が、僅かながら心を慰めてくれる。
いつのまにか眠りについたカトルだったが、思いがけない事態のため、二時間と経たないうちに目を覚ますことになる。
「……濡れてる？」
寒さに目覚めたカトルは、迂闊にも開け放したままだった窓を閉めようとして目を見張った。
降り込んだ雨のせいでベッドが半ば湿ってしまっている。
急激な天候の変化は地球ならではのものだ。
慌てて窓を閉め、部屋の向かいにあるバスルームに駆け込む。
冷えた左半身を温めるように熱いシャワーを浴び替えのパジャマを身に付けたカトルは、ヒイロの様子をうかがった。
小さな物音がしたかと思うと、すぐに静かになる。寝返りをうった気配なのだろうか。
作り付けのクローゼット、学習用のデスクと椅子に小さな本棚。
部屋中を今一度見回しても眠れそうな場所はなく、寝具がすっかり駄目になっている事を確認すると、意を決したカトルは再び廊下に出て隣室のドアの前に立った。
時刻はとうに真夜中をすぎている。
こうするより他に方法はなかったのかとあれこれ思い巡らせてみるものの夜間の空調はいくらか押さえてあるらしく、上着を羽織ったくらいでは眠れそうもない。
迷った挙げ句にそっとドアを叩いた。
低い足音が近付き、鍵の開く音が耳に届く。
普段と変わらぬスパッツ姿のヒイロは、感情のこもらぬ視線をカトルに向けた。
「ごめん、こんな遅くに。つい窓を開け放して眠ったものだから雨でベッドが濡れて、それで…」
目を合わせられないまま口早に言い訳をする。
煌々とついた灯りと整ったままのベッドが、ドアの隙間から見て取れた。
目線で入るように促され、ぎこちなく足を踏み出す。
部屋の作りはカトルの所と全く同じだ。
だが調度品は着いたときのままで、生活の気配というものがまるで感じられない。
ぴったりと閉じられたカーテンは、外界との接触を一切拒んでいるようにも見える。
これがヒイロの暮らし方なのだろうか。
「あの…」
カトルの戸惑いなど全く意に介さずといった素振りで、ヒイロは無造作にベッドカバーと毛布をめくった。
「寝るぞ」
どちらもとれる物言いに、カトルの心搏数が跳ね上がったのは言うまでもない。
ヒイロの脳細胞は、カトルの姿を見たときから出るはずもない答えを求めて演算をし続けていた。
訪問の理由は充分信憑性に足るもので、真意をはかる術がない。
だがもしそちらが目的なのだとしたら、生理的な問題としてこの情況は願ってもないことだ。
部屋のプライバシーは充分で、身体も寝具も極めて清潔に保たれている。
相手がカトルならば、寝首をかかれる心配もないだろう。
しかし、特定の相手と同衾を繰り返せば執着心が生じる可能性がある。それは戦士として持ってはならない感情だ。
どう結論付けるべきか迷った挙げ句、ヒイロは決定権を目前の少年に委ねる言葉を選んだ。
（もしそうなったとしてもたかが二回、この程度ならどうということもあるまい）
人は本音を隠すためなら都合の良い口実をすぐにこしらえることができる生き物であるということを、ずっと戦士として育てられてきたヒイロが知る由もない。
ベッドサイドの小さなライトだけを残し部屋の灯りを全て落としてしまうと、カトルのプラチナブロンドだけが淡く光って見える。
肌の白さが一層際立つのは影とのコントラストのせいだろうか。
背を向けて横たわる姿は、まるで息を潜めているように静かだ。
おそるおそる腕に抱き込めばカトルは一瞬身を強ばらせ、そしてすぐに力を抜いた。
滑らかな首筋をそっと撫で上げるとカトルの背が小さく震える。
そのまま耳朶から頬にかけて指で辿りながら体を起こし、両の手首を捉えて細い身体をベッドに組み敷いた。
固く閉じられた瞼は微かに震え、口元は薄く開かれている。
引き寄せられるように重ねた唇は痺
れるように甘く、ヒイロは触れるだけのキスを何度も繰り返す。
ゆっくりと身体中に広がっていく緩やかな熱に酔い痴れながらカトルの様子をうかがえば、白い指先が行き場を求めるかのように揺れている。
やがてその腕は添えられていただけの手を振り解き、ヒイロの背に回された。
無言の了解――胸が高鳴るのを感じながら、ヒイロはカトルのパジャマを脱がせにかかった。
カトルもそれに協力し、ヒイロのシャツの裾に手を掛ける。
その間にも二人は少しでも触れ合っていようと、口付けることをやめない。
頬に額に、そして髪に…。全てを脱ぎ捨てた二人は、無我夢中できつく抱き合った。
シャワーのあとのせいかカトルの肌はしっとりと馴染んで暖かい。
指先だけでは心許ない気がしたヒイロは、頬を肩先に擦りつけ胸元に唇を寄せ足を絡ませた。
その間にもカトルは与えられた快楽を少しでも返そうと、ヒイロの下腹部を弄ってくる。
ぎこちない熱に苛立ったヒイロは、こんどは少し乱暴にその手を押さえ付けた。
目的を失った指が戸惑いながらシーツを握るのを確認すると、今度は淡い茂みの中、幼さの残るモノに目を止める。
雫を滲ませる先端を焦らすようにもてあそびながら、なだらかに引き締まった腹部へと唇で辿る。
やがてその舌先は太ももの付け根をくすぐり、次第にカトル自身へと這い上がっていった。
「なっ…！！」
想像すらしていなかった行為に激しく戸惑ったカトルは、逃れようと身を捩る。
だが腰を抱きかかえられたままでは、かなうはずもない。
すかさず絡めとり口に含めば、カトルの背が大きくしなった。
「離し…て…いやぁ……ヒ…イロぉ…」
喘ぎとも泣き声ともつかない声音で名を呼ばれ、ヒイロの背に恍惚にも似た感覚が駆け抜ける。
敏感な部分を舌先でさぐりながら何度も軽く吸い上げれば、カトルは息を詰め、あっけなく己れの熱を解放してしまった。
「……あっ…ごっ…ごめん…なさい、ごめんなさいっ、ヒイロ……」
羞恥のあまり耳まで朱に染めたカトルは、顔を両手で覆ったまま何度も首を振る。
ヒイロの飲み下す気配にいたたまれなくなったのか、ついにカトルは俯せになりシーツに顔を埋めてしまった。
その首筋から背中、そして腰へ…。
ミルク色の曲線を追っていけば、自然とその先の柔らかな二つの丸みに目が止まる。
そっと手を置き指先を狭間に差し入れると、カトルは慌てたように腰を引き毛布を引っ張り上げてしまった。
（やはりこれ以上は…無理か…）
苦手な筈だった唇での行為まで……。
思いもかけず焦ってことに及んでいたことに気付き、ヒイロは秘かに自嘲する。
そこまでする必要はなかった筈だ。
ふと気配を感じて視線を落とすと、カトルは起き上がりヒイロのモノに上気した顔を寄せていた。
同じように返すことで、自分の羞恥を打ち消しにするつもりなのだろうか。
躊躇いながら舌を伸ばしてくるカトルを半ば強引に引き剥がすと、ヒイロは再び腕に抱き込んだ。
そのまま華奢な手首を掴み、下半身へと導く。
白金髪が了解の意を表して小さく揺れた。
自身を預け、静かに目を閉じて意識をそれに集中させる。
カトルの細い指は濃やかに動き、ただ一度きりの同衾で覚えたそれを正確になぞってヒイロの熱を高めていく。
思わず吐いた息はいつになく深く、広がる愉悦はとろけるように甘い……。
予想以上の刺激に息を詰めたヒイロの崩壊もまたあっけなかった。
そのまま抱き合って息を整えているうちに、急に疲れが出たのかとろりとした睡魔が背を這い上る。
放ったものの始末はカトルに任せ、ヒイロはそのまま眠りに落ちていった。
カトルもまたぴったりとヒイロに身を寄せ、やがて静かに意識を手放す。
脆いガラスの王国の片隅でようやく得られた束の間の休息。
だがここでもやはり、互いの温もりだけがやすらぎの糧だった。
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