海を背に石段を上り学園の建物へと向かう。
　晴れ渡った青空のもと、眩しいほどの陽光がふりそそいでいた。

　ヒイロが拒否したためカトルもそれに付き合い制服は身につけなかったのだが、ああまで身だしなみに頓着しないのはまずい気がする。
　案の定、場違いな服装の転入生について、女学生たちの勝手な想像があちらこちらでささやかれていた。

（まだまだこの国は平和なんだ…)

　だが、ロームフェラの矛先がサンクキングダムに向くのに、そう時間はかからないだろう。

　それでもこの地方特有の木々や花々は美しく、穏やかな風が汗ばんだ肌に心地よい。
　どこまでも青い空に心をゆだねれば、想いは自然と遠き故郷、コロニーに向かう。

　平和に暮らしたい、ただそれだけのことがどうしてこんなに難しいのだろう。
　戦うことで得られるものが、人を幸せにするとは思えないのに。



　どこからか、ピアノの音が聞こえてくる。
　風に乗って途切れ途切れに届く調べは優しく暖かで、カトルの心に染み入っていく。

（教会の響き…バッハだろうか）

　窓の数はあまりにも多く、弾き手がどこにいるのかは皆目見当がつかないけれど。

　張り詰めていた気持ちのなかに小さな温もりが生まれ、カトルは胸に手を当てた。
　学校という場所には、確か音楽室があったはずだ。
　楽器を奏でメロディーを紡ぎだす喜び…久しく忘れていた感情と期待が心にあふれ出す。

（導かれるままに来てしまったけれど、このような場所に僕らのようなものが身をおいてもいいのだろうか……？）

　問いかけるような視線を傍らの少年に向けて見たところで、いつになく頑なな横顔は何も語ってはくれない。

　サンクキングダムの完全平和主義に心惹かれる理由を見つけ出せば、負の感情の堂々巡りから抜け出せるかもしれない。
　踏み出したその先に、希望はきっとある。

　そう自分に言い聞かせながらカトルは再び空に視線を向けた。

　ピースクラフト………その名にわずかばかりの期待を寄せて。 　 　



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