■ＣＡＲＮＡＬ ＤＥＳＩＲＥ■
少年は十四歳だった。
ある特殊な目的の為、生きた兵器としてあらゆる技術と知識を詰め込まれ、その完成度は周りの大人たちを満足させるに十分であった。
彼に名前はない。
教育センターで彼は、ただ短く、ボーイと呼ばれていた。３０を越したばかりと思われるその男は、彼に様々な言葉の駆け引きや相手を油断させるための手段を教えるという目的で、新たに雇われた。
少年は、どちらかといえば寡黙な性質だったので、この技術に長けているとは言えなかった。
その男には、連れがいた。彼より、３つか４つ年上であろうその少女は、学習効果を上げるためという名目で連れてこられていた。
だが、それだけではないということは、彼以外の誰もが知っていた。
その日、少年は、来客用コンパートメントに呼び出された。
毛足の長い絨毯が敷き詰められ、セミダブルのベッドが置かれているそこは、ホテルの一室かと見まごうばかりの豪華さだ。
何も知らされないままにやってきた彼は、講師の他に、肩や太腿も顕な衣服を見にまとった少女がいるのを知り、小さく舌打ちをした。
大人たちが自分に何を学ばせようとしているのかを、即座に理解したからである。
だが、その目的は…？ なぜ、そんなことを学ばねばならないのか、彼は理解できなかった。男はソファーに腰掛けた少女の傍に座るよう指図する。逆らう理由を思いつけないまま、少年は命令にしたがった。
彼の容姿は少女の眼鏡に適ったらしい。嬉しそうに目を細め、小首を傾げる。
「あなた、綺麗ねえ。とっても素敵だわ。私はどう？ 魅力的かしら？」
「…？」
いきなりそんなふうに話し掛けられて、少年は戸惑う。授業の一環だということは理解できるが、少女の意図が読めない。
「何か話せ。女を見るのが初めてな訳ではないだろう」
男に促されても、彼は言うべき言葉が見出だせない。
こういう時は、無言でやり過ごすのが彼の流儀だった。
確かに、美人と呼んで間違いはないだろう…と、少年は思う。
しなやかに波打つプラチナブロンド、大きな碧い瞳、なめらかなミルク色の肌。そして、着衣の上からもそれとわかる、しなやかで女性らしい曲線に縁取られた肉体。
だが、それは、表面に見えているカタチだけのことだ。
作り笑顔で彩られたカタチの向こうにあるそれはとても醜悪な気がして、思わず目を逸らせてしまう。
それを少女は好意と勘違いしたらしい。満足気に微笑んで、少年に近付く。
「さあ、どうする？ おまえは何もしない。何も語らなかった。この場の主導権を、相手に譲り渡したことになるぞ」
男は無表情で、少年のすることを見ている。
少年は、今までに得た知識をかき集め、対処の方法を考えていた。
心と体は他人だという。
自分くらいの年ごろは、いわゆる『やりたい盛り』だと教えられた。
だとすれば、この少女に対して自分が欲情して然るべきなのだろう。
だが実際のところ、今までセックスが欲しいと思ったことは一度もない。もちろん今もだ。
『排出行為』として何度か自分を慰めたことはあるが、それ以上の感情は、自分には無縁だった。
ならば自分のとる態度は、拒絶することだけだ。 そう判断した少年は、即座に実行に移した。
「俺には…必要ない。近付かないでくれ」
「ふうん？ 強がっちゃって。あたしを欲しいと思わない？」
「必要ないと言っている」
「そう？」
少女はその細い指で、少年の手を取ると、自分の胸に押し当てた。
「ね？ 柔らかいでしょう？ もっと触ってもいいのよ」
そう言って、そのままもう一方の手を少年の股間にのばす。
次の瞬間、少女は眉を顰め体を離した。そして、嘲るような視線を少年に向ける。 少年のそこは、全く反応をしていなかったのだ。
「こんな扱いを受けるなんて信じられないっ！ あんたどっかおかしいんじゃない？ ひょっとしてホモだとか…」
少女は金切り声をあげ、男を睨み付ける。
「緊張しているんだろう。初めてのことだからな。今日はもう、君は自分の部屋へ戻りなさい。また頼むだろうが」
苦笑いしながら、男は少女を部屋から追い出した。それからソファーの端に腰掛けると少年の腕をつかみ、乱暴に自分のほうへ引き寄せる。
「いったいどういう訓練を受けてきた？ あまり抑え込みすぎると、どこかで歪みがでて暴走するぞ」
「必要ないと感じた、それだけだ」
少年は頑なな表情で男を見返す。
「まったく…」
男は、いかにも期待はずれだと言う様に、大きくため息を吐いた。
「お前はいつも、完璧に大人たちの期待に応えてきたと聞いていたが、結局その程度か」
少年の頬が、ぴくりと動いた。
「他人に…触れられるのは不快だ。兵器に人間の温もりなど不要な筈だ」
「何も…知らなさすぎるな」
「なんだと？」
「私が雇われたのはその為だ。保身のために覚えておいて損はない。場合によっては武器にもなる。だから一番苦痛を感じないところから、学ばせてやろうと思ったのだがな」
男は獰猛な笑みを浮かべた。
「女相手でも勃たない者に、男相手に勃てというのは無理な話だろう？ だったら今日は、私の相手をするんだな。行為そのものは、お前が抵抗しないでいてくれさえすれば可能だ。もっともそれでは、学習にはならないだろうが…」
そう囁きながら、大きな手が少年の顎をとらえる。重ねられる唇の感触に、少年は歯を食い縛って堪えた。
女のように男に抱かれなければならない。その事実にまるで小さな子供のように怯えてしまった自分は、男の言うとおり確かに『その程度』なのだろう。
悔しさのあまり、軽い眩暈を感じる。
「何も噛み付きはしないよ。大丈夫だから」
男は、まるで父親が息子にそうするように少年を優しく抱き寄せた。
かつてこれと同じ様な温もりをどこかで経験したような気がして、少年は落ち着きなく体をもぞもぞと動かす。
その様子に、男はふと柔らかな表情になった。
「意味を教える必要はない…といわれたが、このままではいつまで経っても、学習が進まない。仕方がないな。今日はとことん付き合ってもらうぞ」
「なにをする」
「そうだな。まずコーヒーを二人分、もらってきてくれないか。触れられることに慣れる訓練だ」
「訓練？」
「そう、訓練だ。わかったら、さっさと行ってこい」>>NEXT