「お前……さっきあの店主と……」

いつの間に逃げ出してきたのだろう、プランツは小さな手で必死にヒイロを店に戻そうとする。
それを見た女の客は、アッシュブロンドの巻き毛を肩先で揺らしながら、目を輝かせて二人のそばにやってきた。

「あらら…まあまあ…あなた、どんなお名前がついているのかしら。そうなの、このお兄ちゃんが好きなのね。どう？　私のところにこない？　お兄ちゃんもきっとしょっちゅう遊びに来てくれると思うわ」

「なっ…！？」

差し出されたピンクのマニュキアの指にプランツはおずおずと左手を伸ばし、シャツを掴んだ右手はそのままでヒイロを見上げる。
改めてこの二人を交互に見やれば……。

「一度会ったでしょう? ウイナー家本社ビルで。もしかして覚えてもらえなかったのかしら？」

髪も瞳の色も違うのにどこか少女と似ている……否、カトルに似ているこの女は、ウィナー家三女にしてカトルの片腕、セシリア･ウィナー。
こんなところで出会うなどとは思っても見なかった。

「……なあんてね、私も今気が付いたところ。このプランツちゃんとのツーショット、どこかで見たことがあると思ったら♪」

堅苦しいスーツに不似合いな笑顔で、鮮やかなウインクを投げてよこす。

シャツを引っ張る手を無理矢理引き剥がし帰ってしまうのはどうにも後味が悪い。だが、特に急ぐ訳ではないとはいえいつまでもこうしている訳にもいかず…。

やがて電話を終え戻ってきた店主は,、二人の人間に囲まれ満足げな少女を見て目を丸くした。

「普通…このようなことはありえないんですが…。失礼ですがお二人はどういうご関係でいらっしゃるのですか？」

「ちょっとした知り合い。この子に良く似た『誰かさん』がらみなの。でも不思議ね、単に見かけが似ているだけだと思っていたら…」

ああ、と店主は小さく頷く。

「時折そういうお話を伺います。プランツは愛情を糧に育つもの、人の心に敏感ですのでお二人に何かを感じ取ったのでしょう。このくらい上質のものになりますと、微妙な揺らぎまでわかるようでございますから」

先程暴れたせいで解けかけたリボンを結びなおしてやりながら、男はさらに言葉を継いだ。

「たった今ご連絡を差し上げましたところ、やはりご依頼主はこのプランツを諦めるとおっしゃられまして……。お二人のどちらかに買い上げいただけるのでしたら、願ってもない事でございます」

「あら、この子訳ありなの？　じゃあお安くしていただけるのかしら」

「と申しましても特注の逸品でございますから、お値段は汎用タイプよりもお高くなります。…そうですね、この位かと」

「でも、どうせメンテナンスに出すつもりだったのでしょう？　帰ってきてもいつ売れるかわからない訳だし。ならばいっそのこと…そうね、この値段の三割引でどう？」

ウィナー家ほどの財閥でありながら、値引き交渉をするあたりさすが女だ。何にせよさっさと連れて帰ってくれれば、こちらも開放されるのだが。

……二つ目の溜息をこれみよがしに吐き、そろそろプランツの手を引き剥がしても帰るべきかと思い始めたその時、 どさりと大きな紙袋を二つ押しつけられた。

「何をぼ〜っとしてるの？　交渉、終わったわよ。一週間ぶんのミルクと砂糖菓子、ドレスその他もろもろを車まで運んでちょうだいね。残りは届けてもらう事にしたから。さあプランツちゃん、おいで。名前は何が良いかしら？」

だが少女は、ヒイロのシャツを離そうとはしない。
セシリアはこれみよがしに唇を尖らせ、ヒイロのほうに向き直る。

「あなた、これから予定は？」
「…特にない。帰宅するだけだ」
「じゃあ、あなたがこの子連れてきて？　すぐ其処に車停めてあるの。あ〜あ、こんなにたくさん運ばなくちゃならないのかぁ…。せっかくヒイロ君が運んでくれると思ってたのに」

不満げな声とは裏腹に素早く紙袋を取り上げ、足取りも軽く店を出ていく。

「あ、その子は抱き上げてね。目覚めたばかりならまだあまり上手く歩けないはずよ」

歩けないどころか…先程シャツを掴んだときは、小走りでやってきたとしか思えないのだが。

車までくらいなら仕方がない。ヒイロはしぶしぶ抱き上げようと手を差し伸べた。
だが少女はそれを振り払うとシャツの裾を引っ張りながら、セシリアのあとを追う。

「お…おいっ！」

引きずられるようにしてついていったその先、停められたリムジンのドアがおもむろに開く。

降りてきたのは濃紺のスーツを身にまとった１人の少年。
薄闇にぼんやりと浮かぶプラチナブロンドが、ふわりと揺れた。

「……ヒイロ？どうしてここに！？」

驚きに見開かれた碧い瞳がヒイロを捉える。

至福の笑みを浮かべたプランツはカトルの傍で立ち止まり、その手を取り上げるとそっとヒイロのほうへと差し出すのだった。

　

　

>>1

ＢＡＣＫ