システムの被験者にはヒイロが選ばれた。
ＯＺの兵士の支持に、ヒイロは大人しく従っている。
カトルは、博士たちの言葉を反芻しているうちに、次第に不安を掻き立てられていった。
「あれは戦う精神波をコクピットで増幅させ、パイロットに通常能力以上の結果をださせる装置を組み込んである…」
「人間狂って結構。それが戦争だ」
（もしかしたら。もしかしたらあのコクピットのシステムは…。あれのせいで、僕は狂ってしまったのだろうか？）
カトルは小さく頭を振った。
（駄目だ、もっと冷静にならなくては。責任転嫁をしたって何にもならない）
「非常にハイレベルです。さすがはガンダムのパイロットです」
「モビルドール以上…か」
兵士たちはただ単純に、戦闘能力の高さに驚嘆している。
（モビルドール。戦うためだけに作られた、機械人形。その、モビルドールに勝つ事ができるシステム…）
道がほんの少しだけ見えたような気がした。
（人間らしさが戦いには必要ないなんて。戦っているのは人間同士なんだ。その人間が、機械に頼って戦う力を得ようとしているんだ…）
人が機械にとり込まれ、力を増幅される。
そこには既に意志は存在しない。
ただ勝利を目指して突き進んでいくのみ…。
（ヒイロ！ 間違ってるよ。このガンダムは、間違っているんだ）
自分の命を狙うものと、自分が倒そうとする目標が敵だと彼は言った。
それでは、倒すべきものが何なのか、ヒイロはどうやって見極めるつもりなのだろうか？
微かに空気が震え、小さな叫び声が聞こえた気がした。
ゼロが起動を始める。
「ヒイロ？」
伝わってくる気配は、まるであの時の…。
「ヒイロっ！」
カトルにははっきりと感じられた。
ヒイロが暴走している。ゼロのシステムに翻弄されて。
「ちがう。乗っているのはヒイロじゃない。あのシステムに踊らされ意志を乗っ取られた、ただの戦う人形…」
カトルは思わず駆け出していた。
ゼロと対等に戦うことができるモビルスーツ、メリクリウスに向かって。
（コクピットの基本はどのモビルスーツも変わらない。ましてや教授達が作ったものなら、僕にだって扱えるはずだ）
シートに着くなり、通信機のスイッチを入れる。
シールドの操作法はよくわからないが、接近戦ではあまり必要ないだろう。
「彼の力なら、この基地全てを破壊できる。そのまえに、なんとかして彼を止めなければ」
全ての破壊は絶対的な勝利。ＯＺを、延いては地球を排除すること。
その為に人命がいくつ失われようとも、それは単なる結果にすぎない。
それがあの機械の望む戦い方だと、カトルは身をもって経験している。
「トロワも言ってた。モビルスーツのパイロット一人で暴走したって駄目だって。排他的な戦いじゃ、この戦争は決しておわらないんだ」
爆発音が響く方向へと進んでいく。できるだけ、基地を壊さない様、気密を保てるように気遣いながら。
メリクリウスは、モビルドールのターゲットではないのが救いだった。
まるで引き寄せられる様にして、カトルはヒイロの乗ったゼロのところまでたどり着いた。
それと同時に、赤いｅｎｅｍｙランプがけたたましい音を立てて点滅する。
「ヒイロ。そのコクピットは戦闘能力を高めるんだ。そして同時に失うものがある」
決して、これは責任転嫁ではない。間違いなく、あのシステムは危険なんだ。
カトルは自分に言い聞かせる。
「もし、そのコクピットのせいで僕が暴走したのなら、僕は、そんなつまらない機械のせいで大事なものを失ってしまった。これ以上、大切なものを失いたくはない」
「大切なものなど、俺にはない。俺が失いたくないものがあるとしたら、それは敵だ。
敵がいて、戦うからこそ俺の存在意義がある！」
悲痛なまでのヒイロの叫びに、カトルは胸をふさがれる思いがした。
「カトル、俺には今はっきりと敵が見える。お前も敵になるなら、俺はお前を殺す…！」
「そのガンダムは一人ぼっちなんだよ。一人で戦っちゃいけないんだ。一人では、目標を見失ってしまうんだ」
一刻も早く止めなければとカトルは焦る。今のヒイロはあの時の自分とまるで同じだ。
「俺にははっきり見える。俺の敵が!！」
ゼロは、迷う事無く攻撃を仕掛けてくる。
サンドロックならおそらく対等に戦えるのだろうが、乗り慣れないメリクリウスでは避けるだけで精一杯だ。
ガンダニウム合金さえも切り裂くゼロのビームサーベル。
メリクリウスの装甲は通常より厚く、容易にやられはしないのだけれど。
同等の力を持つモビルスーツがフルパワーでぶつかり合う。
過大な負荷によってコクピットの計器が暴走を始める。
シールドがまるで二体を取り囲むかのように作動し、カトルはいまこそヒイロの言っていた最悪の事態なのだと判断した。
「このモビルスーツには、自爆システムが残っている。君が戦いを止めないのなら、ここでこのふたつのモビルスーツを破壊しよう。
このモビルスーツは、宇宙にとっていちばん必要無いものなんだ。そして、もっと必要ないものがある。」
「ガンダムは宇宙に必要だ。宇宙を守るために俺は戦う！宇宙を守ろう…そう言ったのは、お前ではなかったのか？」
鋭い切っ先がメリクリウスの右肩にめり込んでいく。
モビルスーツの各部がきしみ音を発し、ショートした計器から火花が飛び散る。
これ以上は戦えない……、そう悟ったカトルは、悲鳴混じりに叫んだ。
「宇宙に…宇宙に僕達は必要ないんだ！ 守るべきものはもう何処にもない。
コロニーはＯＺと手を組んだ。ＯＺと戦うことは、コロニーと戦うことになってしまうんだ。
だから、それを受け入れなければならないと、トロワは、トロワは…」
カトルは言葉を失った。
ヒイロの喩え様もない孤独と、カトルの絶望的な悲しみ…。
交じりあい、ぶつかり合う二つの意識の波に翻弄され、体はまるでいうことを聞かない。
（だからもう、戦っちゃいけないんだ僕達は…）
同じ言葉を投げ掛けた彼はもういない。あの時と言葉の意味は違っていたけれど…。
カトルは目を閉じ、祈るように語りかける。
（戦っちゃいけない…戦っちゃいけないんだ、ヒイロ…）
鈍い衝撃が体に伝わり、カトルは我に返った。
コクピット内は闇に包まれ、メリクリウスが完全に機能を停止したことを告げている。
（今のは一体…何だったんだろう）
一時も早く情況を把握しようと、カトルは必死で扉をこじ開けた。
ゼロの傍にぐったりと横たわっているヒイロを見付け、声にならない悲鳴をあげる。
「まさか…まさかこんなことで？」
重い身体を引きずる様にして、ヒイロのところにたどりつく。
大きな外傷はみられない。
胸元に耳を寄せ、心臓が規則正しく脈打っているのを確かめると、やっとカトルは安堵の息を吐いた。
自分とは比べものにならない程の強靭な肉体と精神を持つ彼ですら、ゼロシステムにはあらがえない。
機械によって操られていく心…。
カトルの背筋に冷たいものがはしる。
（ゼロシステムって、一体何だろう。増幅されるのは、本当に戦う精神波だけなのだろうか？）
だが、考え込んでいる暇はなかった。とにかく一刻も早くここを離れなければならない。
どこへ？ と思いを巡らせたそのとき、呼び掛ける声が聞こえた。
「誰？」
そっとカトルは目を閉じる。
不思議に暖かいそれは、まるでカトルを励ましてくれているかの様だ。
「地球にいる人だね。そうだね、ヒイロ。地球へ行こう…」
ヒイロをつれて、地球にむかうことのできるシャトルを探してあるきだしたカトルは、次第に呼んでいるのが地球の自然であるような気がしてきた。
「地球は優しかったんだよ…。生命に溢れた、青い惑星。あそこならば、僕達の居場所が見つかるかもしれないね」
コロニー育ちのだれもが持っている地球への信仰にも似た憧れを、未だカトルは持ち続けていた。
それが唯一の慰めだとでもいうように。
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