ゼロのバスターライフルは、次々と表れるリーオーを一掃する。
「敵隊機殲滅。基地制圧完了」
これでモビルスーツ輸送用シャトルの発進は可能となった。
「俺の敵は宇宙にいる！」
声無き声を聞くようにヒイロは早朝の空を見上げた。低く垂れ篭めた雲は、冬の訪れを確かに告げている。
「カトルは無論のこと、おそらくあいつ等も…」
新しい敵の出現に、また世界の勢力図は変わり始めている。
再び力を持つことを望んだトレーズの真意が何なのか。ミリアルドと名乗った男が何をしようとしているのか。
そんな一握りの権力者の思惑などもうどうでもよかった。
ヒイロの耳に、あの日のカトルの言葉が響く。
（僕達はこの国に必要なんだ）
必要とされているのは、与えられた任務を完璧に遂行する道具どしての自分ではなく。
（サンクキングダムを守りたい）
そう、守らなければならないのではなく守りたいのだ。
無軌道のように思われた今までの自分の行動も、全ては一つに連なっていたのだと気付かされて。
宙に意識を拡散させると、カトルの悲鳴が、苦しみが…そして生きようとする強い意志が浸み入ってくる。
いつのまにかそれはヒイロの道標となっていた。
「俺は行動する。感情のおもむくままに」
代弁者としての生ではなく、自分の意志で選んだ道を生きる。それがヒイロの見いだした解答だ。
ならば成すべき事はただひとつ。
ゼロの索敵レーダーが鋭い電子音を上げた。だが敵の気配は感じられない。
「……サリィ・ポゥ？」
激動の時代の新たな幕開けが始まろうとしていた。
・・・・・・
モビルスーツ格納庫へ続く薄暗い通路をヒイロ達は歩いていた。
一足先に着いているカトルとトロワ、それにデュオは二人を出迎えるためそこで待っているのだという。
「ヒイロ、五飛！」
真っすぐなカトルの声が耳に飛び込んだ。再会の喜びを満面に浮かべ、誰よりも先に駆け寄ってくる。
「よく打ち落とされずに来れたもんだぜ」
遅れてやってきたデュオの声も明るく弾んでいるが、背後にいるトロワの表情は長い前髪に隠れて読み取れない。
「しばらくの間世話になる」
根が律儀なのか、五飛が先に口を開く。
「ええ、それでかまいません。あなたがたに来ていただけただけでも嬉しいです」
カトルはそう言ってから目を細め、ちらりとトロワの様子をうかがった。
碧い瞳にくっきりと憂いの影が浮かぶ。
「彼がヒイロ。で、こちらが五飛」
小声で耳打ちするカトルの言葉を受けて二人を交互に見るトロワの眼差しは、不安に満ちて弱々しい。
「それから、今運ばれてきたあの赤い機体が君のだ」
どこか他人ごとのようにヘビーアームズを見上げたトロワは、やがてゆっくりとその視線をカトルに戻した。
目を細め、縋り付くようなその表情…。およそヒイロの見知ったトロワには似付かわしくない。
思いがけず激しく動揺する自分に愕然とする。
あの戦いでヴァイエイトが爆発したときですらここまで心乱しはしなかった。
同じ戦艦の中、またカトルの強い感情に影響されているのだろうか？
視線に気付いたカトルは、おずおずとヒイロのもとに歩み寄る。
「あの…トロワのこと、聞いてる？」
ヒイロは無表情のまま頷く。
「そう。君に会えば何か思い出すかもしれないって期待したんだけど、やっぱりそんなに簡単なことじゃないんだね」
ため息混じりで金の髪を揺すり、そっと目を伏せる。
「過去を知りたくないわけないと思うんだけど、トロワは自分のことは全然聞かないんだ。でも、もしかして君なら…」
再び顔を上げたカトルは、背後に置かれたゼロに目を留めた。
「どうしてあれがここに…」
一瞬頬を強ばらせたカトルだったが、すぐに穏やかな表情に戻ると駆け出していく。
つられてそちらに目を遣ると、ゼロの傍でこめかみに手を置いているトロワの姿があった。
カトルは首を振るトロワの腕を掴んで宥めながら何かをささやいている。
「また偏頭痛か。記憶を失ってからちょくちょく起こってるみたいだぜ。 こっちにきてから一度倒れたもんだから、カトルが神経質になっちまって。
ヘビーアームズが引き金になっちまったのかな。それともこいつ？」
デュオは呆れ顔でゼロを指し示しながら、ヒイロの傍に寄ってきた。
「ハワードからの伝言だ。お前の部屋は居住区第二通路の最奥、左側。贅沢なことに個室だぜ。
向かいはカトルで五飛が隣。そっちの通路にでれば案内プレートが出てるからすぐわかる」
「ああ」
「それにしてもヒイロ…」
デュオは大げさに顔を歪め、大きく息を吐いた。
「やっかいなものを持ち込みやがったなあ。こいつはまともな人間が乗る代物じゃないぜ」
「おまえに乗れとは言っていない」
「おいっ？ おまえこれに乗ったんだろう。だったら…」
ぎょっとして詰め寄るデュオを、ヒイロは軽くいなす。
「俺なら乗りこなせる。同じシステムのエピオンに乗った経験が役に立つだろう」
「エ…エピオン？ あ、あのゼクスの乗っていた奴か？ おまえ一体何やってたんだ」
デュオは目と口をあんぐりと開け、それからがっくりと肩を落とした。
「ああ…やれやれ忘れてたぜ。おまえはまともな人間じゃなかったよな」
半ば吐き捨てるように呟きながら、デュオは立ち去っていく。
その後ろ姿を目で追いながら、ヒイロはそっと一人ごちた。
「やっかいなもの…か。確かにそうだが…」
危険なシステム、大きすぎる重火器。
何の為にこんなものを。いや、不要だと見なされたから図面のまま捨て置かれたのか…。
だがどんな力も使い方次第。それもまた地球で学んだことだ。
「居住区第二通路の最奥、左側の部屋」
デュオの言葉を今一度確かめてから、ヒイロはゆっくりと歩きだした。
教えられたとおりの部屋のドアを開ければ、作り付けのベッドには既にシーツがかけられていた。
皺ひとつなく几帳面にぴんと張られたそれに違和感を覚えながら、ヒイロは部屋を見回す。
グリニッジ標準時に合わせられた時計は午前３時を差している。あとは小さな洗面所と壁面に収納できるデスクにスツール。
上級士官用の個室といったところだろうか。
お世辞にも寝心地がいいとは言えないベッドに横になると、ヒイロはすぐに寝息をたてはじめた。
休めるときにはいつでも休めるようでなければ戦士とはいえない。
だが二時間も経たないうちに、ヒイロは呼ばれたような気がして目を覚ました。
カトルの感情が無防備なヒイロの心を大きく揺さ振る。
ゼロシステムに触れ続けることで感覚がより鋭敏になったヒイロは、無節操に同調しないようガードする術を身につけていた。
だが、さすがに眠っている時までは制御できない。地球にいたときも時折そういうことがあった（カトルは宇宙にいたというのに！）
ましてや今はこの距離だ。どれだけガードを張っても、それを突き破らんばかりの勢いで押し寄せてくる。
ゼロを見たときのカトルの取り乱し様も半端ではなかった。
だがそれはヒイロにだけ伝わったものだ。決して表にでることはない。
ヒイロは起き上がり、カトルがいるはずのラウンジへと向かった。
気配は弱まってきているとはいえ、一度揺れ始めた心は止まらない。
居住区の入り口に作られたそこには、外部が見えるようにと大きな窓が壁面いっぱいに填め込まれている。
戦艦という閉塞空間でクルーがストレスを感じないようにという配慮だ。
コロニーで育ったヒイロには無縁の感覚。だが同じコロニー育ちでも、カトルは違うのだろうか。
ガラスに額を押しつけ、瞬くことのない宇宙独特の星空を食い入るように眺めている姿が、ヒイロの視界に飛び込んだ。
ガラスに映るヒイロを見たカトルは、慌てて袖口で涙を拭き振り返る。
「あの…もしかしたら…また？」
眼差しが同調の有無を問い掛けてくる。
ヒイロは敢えてそれには応えず、カトルの隣に腰を下ろした。
安堵と緊張、怯えと縋り付くような切なさと…。相反した想いが雑多に入り交じり、張られたガードを越えて微かに伝わってくる。
全てを隠すような曖昧な笑顔を向けてから、カトルは視線をガラス窓に戻し言葉を続けた。
「君が持ち込んだあの機体を見たときは本当に驚いたよ。ずっとゼロに乗ってたの？」
「ああ…」
「大丈夫？」
システムのことか、それとも同調のことだろうか。
どちらとも取れる問いかけに、ヒイロは「問題はない」とだけ答える。
「そう…」
カトルは視線を床へ落とすと、静かに言葉を継いだ。
「あれ、乗りこなせるんだってね。さっきデュオが大騒ぎしてた」
「人が乗るために造られたものだ、不可能ではない」
「それはそうだけど…」
まだ腑に落ちないといったふうにカトルは首を傾げる。
「ヒイロ。僕はあの時、本当にゼロシステムに翻弄されていたんだろうか」
「何が言いたい？」
一瞬の動揺を即座に押さえ込み、ヒイロは淡々と応じる。
「デュオも一度だけゼロに乗ったことがあるっていってた。途中から妙な幻をたくさん見て、とても真っ当な神経じゃいられなかったって」
「俺も最初はそうだった」
「僕は……見ていない」
唇を噛むカトルの頬は次第に青ざめていく。
「幻のせいでコロニーを落としたんじゃない。むしろその逆だ。恐いほどに何をすべきか見えていた。
落とさなければならないと、確信をもって攻撃したんだ。コロニーも君も…そして…彼…も」
「戦闘情況下で発生するあらゆるデーターを即時演算、得られた予測値を直接パイロットにフィードバックし絶対的な勝利を要求する、それがゼロシステムだ。
戦う精神波を増幅させるというのは単なるたとえにすぎない」
「でも、そのデーターって膨大な量になるだろう？ならば演算の結果もそれなりだよね。
人がそれを使いこなすなんてこと、可能なんだろうか」
「初めてゼロに触れたパイロットのほとんどはその情報量の多さに耐えきれず、恐慌状態に陥って錯乱したり幻を見たりする。
だがお前は最初からそれだけの情報を受け入れ、未来を予測し行動することができた。
お前の言うところの『確信』は、システムによって導きだされた計算の結果だ。
ゼロの本当の危険性は、幻影ではなく手段を選ばずひたすら勝利のみを追い求めることにある」
頬を強ばらせたまま、カトルはヒイロの言葉に聞き入っている。
「カトル。おまえは残された図面からあれを造ったと言ったな。しかも要となるゼロシステムはすでに完成されていた。
ということは、設計者はいつかおまえがゼロを使うのを見越していたのではないか」
「じゃあ、あの機体は…」
「お前の為に設計されたと考えて間違いないだろう。ある意味、システムが使う人間を選ぶという推理は正しかったわけだ」
「もしそうだとしたら、情報の受容力の大小は何に起因するのかな？ どうして僕だけがすぐに受け入れることができたんだろう」
「ゼロを見ればわかる」
「ゼロを…？」
「システムの機密事項に記されている。さっき話したようなシステムの詳細はもちろんのこと、データー収集の為の適性チェックリストや予測されるトラブル、そしてその対処法までもが書き込まれている。どうする？」
一瞬息を詰めたカトルは、ぎこちなく首肯いた。
「行こう…ヒイロ。僕は真実を知りたい」
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