◆３月１日の憂鬱◆
アカデミーにおける月に一度の特別訓練は、凄絶という言葉がぴったりだった。そして極度の緊張とストレスから開放された若者の暴走は生半可なものではない。
悪ふざけが過ぎて、教官からお目玉を喰らう者など序の口だ。そしてたとえば、ロッカールームでこんな事件が起こっていたりする。
「おい、アスランは今どこだ？」
「あぁ、さっきフレッド教官が居残りくらわせてたぜ」
「あいつ、この間アスランに負けたのをまだ根に持ってんのかねぇ。なんつう大人気ない」
「いいんでないの。そのほうが面倒が無いぜ」
「貴様ら、あんな臆病者にちょっかいを出してどこが楽しい？」
「そうか？結構面白いことになると思うぜ、まあ見てなって」
こそこそと話しているのはディアッカとラスティ、それにアスランと常にトップを張り合っているイザークである。
何かしら良からぬ事を目論んでいることだけは確かだ。そして３人の視線の先にいるのは、アカデミー最年少の優等生、ニコル・アマルフィ………。「お前の誕生日に際し、年長者として、ひとつ忠告しておくことがある」
それは、ようやく１５になったばかりのニコルに対して、ディアッカが仕掛けた小さな悪戯だった。
長身の３人に囲まれると、小柄なニコルはひときわ小さく見える。
「戦いが長引くと男ばかりの戦場では避けることのできない問題が生じるが、何だかわかるか？」
「…えっ？」
「真っ先にターゲットにされるだろうな、お前みたいなタイプは」
くつくつと笑いながら腕を掴まれた緑の髪の少年は、狼狽える間もなくラスティの正面にぐいっと押し出される。
「たとえば、こ〜んなことだよ、ほれラスティ、やっちまいな」
「了解っと」
ディアッカに後ろから羽交い締めにされて、逃れようともがくニコルの服の胸元を、ラスティがはだけさせていく。
「や…やめてくださいっ！ 冗談も度が過ぎます。 イザーク！イザークっ！！どうして二人を止めてくれないんですかっ？」
必死で抗議するものの、当のイザークは無関心を決めこんでいる。
「ほんのおあそびだよ、ニコル。まあちょっとくらいいいだろ、相手をしてくれよ」
「おい、ラスティ。まさか本気じゃないだろうな」
「さあ、どうだか」
軽やかにオレンジ色の髪が揺れ、今まさに唇が白い首筋に触れようとしたその瞬間…！！「ぐっ！」
一瞬の隙を突いて、ニコルの膝がラスティの腹部に食込む。思いもよらぬ反撃に驚くディアッカの腕からするりと抜け出した少年は、踵で背後の脛を一撃。二人の身体は見事に床に転がってしまった。
「年下だからって甘く見ないで下さいね。僕の成績を知らない訳じゃないでしょう？」
日頃大人しいニコルもさすがに訓練の後はストレスがたまっているのだろう、憮然とした表情で二人を交互に睨めつける。
「貴様は三番、俺は二番」
「えっ？」
「ナイフ戦の成績だ、俺にはかなわない」
「えっ…ええっ？？？」
いきなり眼前に立ちはだかったイザークを、ニコルはきょとんとして見返す。
「ぐずぐずせずこういう風にやらないから反撃されるんだ」
言うやいなや、壁に押しつけられたニコルの唇に、イザークのそれが重なる。
あっけにとられるラスティとディアッカの前で、イザークはたっぷり５秒間濃厚なキスシーンを演じて見せた。「…あ…あの…」
終わるなりついっと身体を離したイザークは、くるりと踵を返し早足でシャワールームへと向かう。
「ふんっ！だらしないな、二人とも」
吐き捨てるようなそのセリフとともに遠ざかっていく後姿を茫然と眺めていたニコルは、次の瞬間ふと我に返った。耳まで真っ赤に染めると、そのままばたばたとロッカールームから逃げ出してしまう。
「一体…なんだったんだ、今のは」
いいようのない脱力感に襲われ、ディアッカとラスティはただ呆けたようにイザークの消えた扉を眺めていた。半泣きになりながらただ闇雲に走りつづける。当然ニコルにとっては初めての経験だ。しかもただ触れただけではない、いきなりのディープキス。抗うことも忘れ、意識は真っ白に弾けて…。
「お…おい?」
遅れてやってきたアスランに声をかけられ足を止めたニコルだったが、敬愛する彼に何があったかなど話せるはずもない。
「またお前、ディアッカ達にちょっかいかけられたんじゃないのか？ 最近のあいつら、ちょっと度が過ぎてるからな」
「平気です。負けませんから」
確かにディアッカとラスティには負けてなどいない。ニコルの鮮やかな笑顔と潤んだ瞳のアンバランスさに一瞬訝しげな顔を見せたアスランだが、しつこく尋ねるのも逆効果かとそのまま口をつぐむ。
「忘れ物があるので一度訓練施設へ戻りますね」
再び駆け出していく後姿を見送りながら、アスランは小さなため息をついた。
誰もいない施設の片隅で、ニコルは唇を押さえながら力なく座りこんでいた。
柔らかな感触は信じられないほどに熱く、そして…。
「ああっ！もうっ！！ どうしてあんなことするんですか、イザーク！」
膝に額を押し付け、ニコルは何度も頭を振った。
（でも……厭じゃなかった。イザーク、僕は…厭じゃなかったんです）
涙ぐみながら思いを巡らせるものの、答えはどこにも見つからない。混乱したまま、掠れた涙声でイザークの名を何度も繰り返す。
一方イザークはといえば。
冷たいシャワーを浴びながら銀の髪を乱暴に指でかき乱し、難しい顔をして時折ため息をついたかと思うとその顔立ちに似合わぬにやけた笑みを浮かべたり…。人知れず奇妙な百面相を続けていたのだった。
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【あとがき】
この二人、両思いだということに気付くにはもう少しかかりそう。不器用なところがツボなんです(笑）。さて、続きはどうなるのでしょう？告白を書くのもまた楽し、ですがまだネタは降ってきません。
それにしてもこの設定だとアカデミー卒業は３月になってしまうんですよね。ま、いいか。考えてみれば、冒頭の桜のシーン以外、季節感は殆どどなかったし。
ラスティが大暴走してます。｢虚空の戦場」の冒頭に出てきた雰囲気からいって、あんな感じではないかと勝手に決め付けました。イメージ違ってたらごめんなさい。