Ｙｏｕ ａｒｅ ｍｙ Ｎｏ.１！
ジャンク屋の配達の帰り道、悪性のコロニー風邪でダウンしちまった仲間を連れて、俺は近くの資源衛生の診療所に立ち寄ることになった。
早朝の時間外に飛び込んだにもかかわらず快く迎えてくれたそこは(普通俺たちのような流れ者は嫌がられる)小さいけれどかなり設備が整っているようだ。
その上若くて美人な女医が診察してくれて。
眼鏡の奥の優しい瞳に、正直俺はちょっとドキドキしてしまった。
「肺炎を起こしかけているわね。でも心配御無用。とってもよく効く抗生剤があるから、三日ほど入院すればすむわ」
そういってきびきびと看護士に指示を出すその話し方は、どこかあいつに似ている。
不謹慎にも俺は、高熱を出して苦しんでいる奴の傍でついトリップしてしまった。
(ずいぶん長いこと会ってないもんなあ)
記憶のなか、碧色の瞳が柔らかに細められた。
俺の恋人…といっても良いのか、今ひとつはっきりしないんだけれど。
Ｌ２でが親しいもの同士なら当たり前、という口実で(これは嘘じゃない。主に肉親の場合だが)会うたび俺は、あいつの体を抱きしめる。
あいつも遠慮がちに背中に腕を回してくれて。
だけどそこまでだ。友達以上、恋人未満ってところかな？
男同士という壁は、結構俺を臆病にさせている。
それでも一番大切な人だということだけは間違いない。
カトルはいったい、俺のことをどう思っているんだろうか。
「…職場の方と連絡が取れましたので、支払いはそういうことに…」
看護士の言葉で我に返る。
「それから先生があなたにお話があるそうなので、ちょっと来ていただけますか？」
なんだ？実はただの肺炎じゃない、とか…。まさかね。
首をひねりながら俺は看護士のあとをついていった。
「どうぞこちらへ」
診療室に再び通される。
「あ…？」
眼鏡をはずしたその顔は、確かに見覚えが…。
「あなた、デュオ・マックスウェルくんよね」
「はい、そうですけど…」
「弟の…カトルのことで相談したいのだけれど」
？☆！…そうか！思い出した。あの戦争で、腹を刺されたカトルをＭＯUまで迎えに来たのがこの人だ。
「確か…イリアさん？」
「あら、覚えてくれてたの？光栄だわ」
結構性格悪いな、カトルの姉さんは。
今やっと気がついたっていうの、わかっているはずなのに。
ついふてくされた表情になってしまった俺の目の前で、彼女はみるみるうちに弟を心配する姉の表情に変わっていく。
「あの…カトルに何か？」
おそるおそる聞いてみる。
最後に会ったのが三ヶ月前。通信機越しに話してもうすぐ一ヶ月。
週一で送ってるメールには必ず返事をくれるけれど、いつも挨拶に毛の生えた程度の内容で、最近どうしているのやら俺はちっとも知らなかった。
「あら？」
急に深刻な顔になった俺を見て、カトルの姉さんはちょっと眉を上げた。
「そんなに大事じゃない…とは思うんだけれど、最近あの子、変なのよ」
「って、どういうふうに？」
「仕事が忙しくてもう体力の限界まで来てるっていう感じなのに、毎日寝る間を惜しんでピアノに向かっているんですって。
顔色も良くないし、少し痩せたんじゃないかしら。ここ二週間ほどずっとそんな調子で」
「ピアノ？」
「どうしても弾きたい曲があるらしいの。それさえマスターしたら休むからって言うんだけど」
一度だけカトルがピアノを弾くのを見たことがある。
コロニーを盾に取られ、どうすることもできずに二人で地球を彷徨っていたあのころ。
昼食を摂るために立ち寄った店に、一台の古ぼけたピアノが置かれていた。
そのときのあいつの目の輝きときたら。
一瞬俺は、ピアノに嫉妬してしまったくらいだ。
「あいつの楽器に対する思い入れは相当だものなあ。よっぽどストレスが溜まってるんだろうか？」
「私もそう思うの。ピアノを弾くことで、何とか心のバランスをとっているんじゃないかしら。で、もしよかったら…」
「会いに行くよ」
言葉尻をひったくるように叫んでしまった。
ほおっておけるもんか。あいつのことだ、どうせまた一人で何もかも背負い込んでいるに決まってる。
素っ気ないほど短かったメールも、おそらく心配をかけまいとしてだろう。
カトルのいるコロニーはここから近い。
とはいえ燃料代を自腹を切って払うには相当の額になるのだけれど…ええい、かまうもんか！何とかしてみせる。
「今すぐ行って…良いかな？」
「お友達のことなら心配御無用。ここはあなたたちのような飛込みの患者が多いから、完全看護なの。
私のほうからも連絡を入れておくから、カトルのことよろしくね」
「任せてくれ！」
大慌てで部屋を出ようとした俺は、ふと引っかかることが会って立ち止まった。
「どうしても弾きたい曲って何？」
「ショパンの幻想即興曲…ですって。かなり難易度が高いんじゃないかしら」
幻想即興曲。クラシックなんてまったくわからないけれど、その曲だけは覚えがある。
ひょっとして、カトルの悩みは俺に関係あるのかも？
心配とちょっぴりの期待(？)を胸に、俺はスペースポートへの道を急いだ。
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