スペースポートの中央ゲートを抜けると、驚いたことにウィナー家から迎えが来ていた。
無愛想で物腰だけはやたら丁寧な年配の運転手に促され、車に腰を下ろした途端白い封筒が差し出される。

「何だよ、これ…」

思わず受け取って中をのぞくと、小切手が一枚。 かなりの金額が書かれていて、俺は目を見張った。

「交通費です。イリア様から言付かってきました」

なんともはや。俺の経済状態、お見通しってわけか。

「で、この車はどこへ向かうんだ？」
「ご自宅です。先ほどカトル様はお倒れになられましたので」

……遅かった、と俺はまた舌打ちを一つ。

「でも倒れたのなら行き先は病院じゃないのか？」
「ウィナー家お抱えの医師団がおりまして、ただいま診察を受けておられます」

そう……そういうこと。所詮カトルとは住む世界が違うんだと改めて知らされる。

「このまままっすぐ行かれますか？」
「はあ？」
「老婆心ながら…てぶらでいらっしゃるようなので」

へいへい、見舞いの品くらい持っていけってことね。

「わかった。花屋に寄ってくれ」
「かしこまりました」

燃料代の心配がなくなったんだ。思いっきり奮発してでっかい花束をプレゼントしよう。
あいつに似合いそうな花を適当にアレンジしてもらい、急に軽くなった財布と重たい花束を抱えて俺はカトルの元へと急いだ。





資源衛星を出発してからすでに９時間。空はうっすらとオレンジがかってきている。
ようやく会えたカトルは、安定剤を投与されて眠っていた。
ラシードのおっさんの心遣いで、俺は部屋で一人、目が覚めるのを待つ。

真っ白なシーツに埋もれるようにして眠るカトルを見るのは二度目だ。
このままどうにかなっちまうんじゃないかと不安に駆られ、何度も医務室に通ったあの時…。

持ってきた花束は、枕元に飾られて甘い香りを漂わせている。
夕暮れの淡い光が、カトルの白い頬に影を落としていた。
深く、ただひたすらに眠りをむさぼっているその姿。少女のようにふっくらとしていた輪郭は、すっかり失われている。

少しなんてもんじゃない。いったいどれだけ痩せたのやら。
診断結果はやはり過労だ。
自己管理ができないようじゃまだまだだと、カトルは自分を責めていたらしい。

次第に闇が忍び込んできて、部屋の中にあるもの全ての輪郭がぼやけてくるような感覚におそわれる。
灯りを付けたら起こしてしまいそうな気がして、俺は目を凝らし、じっとカトルの寝顔を眺めていた

「なあ、何があったんだ？」

小声で問いかけてみても、薬で眠っているカトルに届くはずもなく。

「見かけとは大違いの意地っ張りだからな、お前は。可愛げなんかちっともありゃしない…」

俺たちのために自爆を試みたり、腹を刺されたままガンダムに乗ったり。
カトルの行動はいつも危なっかしくて目が離せない。
ウィナー家に戻って家業を継ぐと聞いたときには、いっそのことこっちに引っ越してこようかと思ったくらいだ。

だけど俺にとってカトルは特別でもカトルにとって俺の存在は…。
追いかけて来たら迷惑かもしれないと思うと、とても出来なかった。

カトルを前にすると、自分でも信じられないくらい臆病になってしまう。
でも今なら少しだけ…。
どうかそのまま眠っていて欲しい、と俺は祈りながら唇を寄せた。
息を潜め、掠めるようにそっと口付ける。
柔らかなその感触は、俺の理性のたがを外すに十分なほど熱かった。

もう一度…と上体をかがめたその時。
低いノックの音に、俺はあわてて体を離す。
大急ぎでドアを開くと、年配のメイドが俺とカトルの夕食を乗せたワゴンを運んできてくれていた。

「お食事のお世話はいかがいたしましょう」
「お気遣いなく。カトルの世話も俺がやるから。え…っと。こっちがカトルのだな」

保温トレイにのせられたスープや粥、食べやすいように刻まれた果物、それにプディング。
カトルがどれだけ大事にされているのか、一目見ただけでもわかる。

「カトル様はまだ眠っておられるのですか？」
「ああ、できるだけ寝かせてやりたいんだ」
「それで灯りを？」
「つけたら起こしてしまいそうな気がしてさ」
「それではお食事が…。別室をご用意いたしましょうか」
「いや、ここでかまわない。どうせ俺は下町育ち、少々暗かろうが冷めようが、全然平気だから」

絶対に傍を離れたくない。
目覚めたとき真っ先にあいつの視界に入るのが俺であって欲しい。

キャスターの音すらカトルの眠りを妨げる気がして、俺はワゴンをその場に置いたまま扉を閉めた。
振り返った途端、ベッドサイドの灯りがともる。
もぞもぞと上体を起こす白いパジャマ姿が目に入った。

「デュオ？！なぜここに…」

目を大きく見開いたその表情の意味するものは一体……？

不安な気持ちを押し殺して大げさに笑顔を浮かべ、一歩踏み出そうとしたその時。
カトルはついっと俺から目を逸らした。

なんだよ、それ。ひょっとして俺はおよびじゃないってことか？





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