ウィナー家当主の苦悩
見せたいものがあるから遊びにこいとカトルから連絡が入ったの は、暮れの喧騒で賑わいだした１２月の始めのことだった。
｢絶対来てよ、デュオ！ ヒイロやトロワも来ることになってるんだから。五飛も仕事の途中に立ち寄ってくれるって。皆で食事でもしよう」
なんてこった。俺が声をかけてもけんもほろろなくせに、カトルが誘えば来るっていうのかよ。なんだか少し落ち込んでしまう。
…まあ、先の戦争では指揮官やってたわけだしガンダムをとりに行ってくれたのもあいつだし。
これがカトルの人徳ってものだろうか？
でも、戦友会はずっと以前から何度もカトルと計画しては没になっていた企画だ。どんな形にせよ、みんな集まれるのは嬉しい。
気を取りなおした俺は、約束のその日までなんとなくそわそわとした日々を過ごし、３０分も早くウィナー家に到着したのだった。俺を出迎えたカトルはまるで子どものようにはしゃいでいる。いつもの当主面は一体どこへいったのやら。
｢すっごく良いもの、手に入れたんだ。特にデュオには真っ先に見せたくってさ。早く来てくれて嬉しいな、とにかく僕の部屋へおいでよ」
上機嫌なカトルは、俺の背中を押すようにして自分の部屋へ向かう。
｢驚くと思うけど、大きな声は出さないでね？ 怖がるといけないから」
怖がる…って、ペットでも飼い始じめたんだろうか。
コロニーで動物を飼うのは、経済的に恵まれているだけじゃなく、手に入れる特別なコネがなくちゃとても無理なことだから、喜ぶのもわからなくはないけれど。
犬かな、猫かな？ カトルのことだ、小鳥かもしれないなどとあれこれ想像しながらリビングを抜け、奥のカトルの寝室へと足を運ぶ。
｢ほら、デュオ。ご対面〜！」
天蓋付きの大きなダブルベッドが置かれたその部屋をぐるりと見まわす。
窓際に置かれた木製のロッキングチェアーのその上に。
………不気味なものを見てしまった、というべきなのだろうか。
等身大の女の子の人形が置かれている。
長いプラチナブロンドは柔らかく波打ち、腰のあたりまで届かんばかり。白いレースの大きなリボンが頭のてっぺんに結んであって。
肌もカトルと同じミルク色。リボンとフリル、それにレースでこれでもかこれでもかと飾り立てられたアンティークドールのような青いドレスを身にまとっている。
近づいて思わず顔を覗きこんだその時。
「う…動いた？｣
閉じていた瞳がゆっくりと見開かれた。
瞳の色もカトルと同じ。緑がかった南の海の…。
｢２週間くらい前に手に入れたんだ。話に聞いたことくらいあるだろう？観用少女（注１）…プランツ･ドールだよ」
そう言うとカトルは、人形の手をとって椅子から降ろしてやる。
そういえば、以前テレビのワイドショーでやっていた。貴族の嗜みだとかいう、とんでもなく高い代物、生きた少女人形…。
しかもこいつは…カトルにうりふたつだ。
｢お前…どうしてこんなものが欲しかったんだ？｣
カトルに向かってまろやかに微笑む少女の表情は、まさに天使そのもの。
おもわず眩暈がしそうになったその時、カトルは少女そっくりな笑顔にほんの少し険を含ませて俺に問い掛けた。
｢僕はね、デュオ。生まれた時から何回も言われつづけて、それでも言われるたびに一々腹の立つ言葉があるんだ。わかる？」
「なんだあ〜？ おっ！ひょっとして、カトル君って可愛いわね、か？｣
｢近い…けど、そうじゃなくて…」
「わかった！女の子みた〜い、か｣
｢…あたり」
あからさまに不機嫌な声でそう答えたカトルは、甘えてすがりついてくる少女人形をふわりと抱き上げ、椅子に腰掛けた。
｢この子と比べれば、どう見ても僕が女の子みたいだなんて思わないだろう？ これだけ女の子そのもの〜！っていう存在が傍にいればさ｣
……今度は本当に眩暈がしてきた。
どう考えてもピントがずれてるぞ。こいつを見た途端、俺は思わず心の中で、カトルに同じドレスを着せちまった。それって、多分俺だけじゃないと思うんだが…。
「だからといって、会議なんかにこの子を連れて行くわけにはいかないだろうが｣
｢ああ、いくらなんでもそりゃあ無理だよ。でも、そういう場所で面と向かって僕を女の子みたいだという人もいないからね｣
｢じゃあ…どうするんだ？」
「まずは、あさってのウィナー家のパーティーに連れて行こうかと思っている。最近は珍しくないんだよ。プランツを伴ってくる財界人は」
｢思惑どおりにいくといいがな｣
納得できない、という気持ちが顔に出ていたんだろう。
カトルはむっとして、プランツをぎゅっと抱きしめた。
｢絶対上手くいくよ。もう二度と、僕を女の子みたいだなんて言わせない！」
おいおい…目が据わってるぞ。
｢ねえデュオ。君だってよく言われるだろう？ なら、僕の気持ち理解できるんじゃないかな」
理解はできるけど、そんな形で行動に移したくねえっ！
なんだかカトル、危なくないか？ そう思ったけど口には出せないでいると、小さなノックの音がした。
「あ、きっとヒイロ達だよ｣
「おっ！俺が出る！！」
これはやばい！ 今日のカトルは絶対におかしい。とにかくあいつらにそれを伝えてから部屋へ入れるべきだ！
そう思った俺は大急ぎでドアに走り寄ったのだが…時、既に遅し。
プランツを抱いて出迎えたカトルを見るなり、三人とも呆気に取られて固まってしまった。（注１）河原由美子原作「観用少女」のネタを拝借しています。
１日三回のミルクと週に１度の砂糖菓子、それに飼い主の愛情で育つという、
一種のペットのようなもの。
死ぬのではなく､枯れるという言葉を使うあたり、やっぱり植物なんでしょうか？
設定だけ聞くととんでもない話のようですが、そこは少女マンガ（…かな？）
すごく素敵な作品なので、ぜひ一度お読みください。