｢カトル…。お前、姉さんだけではなく、妹もいたのか？｣
しばしの沈黙のあと、真っ先に口を開いたのはトロワだった。
「妹？ まあ、そんなもんかな」
｢プランツだな。お前にそんな趣味があったとは以外だった｣
五飛が苦々しげに言葉を投げてよこす。
｢そんな趣味ってどういうのだよ。あのね、五飛。プランツっていうのは本能的に人を見分けるんだ。邪な気持ちを持っている人には決して懐かないんだから｣
｢邪な気持ちってなんだ？」
ヒイロが大真面目なかおをしてカトルに尋ねた。
こいつがこういう顔をしている時は本気だ。本気で知らないらしい。
｢お前ってさあ、未だに世間知らずなのな。ま、任務だと思って帰ってからゆっくり調べたら？｣
呆れ顔で（それでも久しぶりに♪)ヒイロをそう揶揄する。
｢例えばそんなドレスを着てみたいけど、自分が着るわけにはいかないからとか…そういうのが邪なのか？｣
なっ！ なんてことを言い出すんだヒイロは！
おそるおそるカトルを見ると…げげげげげっ！ またあの顔になってる。目が据わって…。
｢ヒイロ〜。そういう事を言っていいと思う〜？」
低く押し殺したような妙に迫力のある声に、さすがのヒイロも一瞬たじたじとなった。
以前、カトルが実は女だという偽の情報に振り回されたときのことを思い出したんだろう。
カトルはプランツの脇を両手で支えると、俺達の眼前に押し出した。
｢ね、僕は男。女の子っていうのは、こう白くてちっちゃくてフリルが似合って可愛らしいもんだろう？全然違うんだから｣
｢お前は女に夢を見過ぎだ｣
すかさずツッコミを入れたのはなんと五飛だった。
｢世間知らずというのなら、お前もこいつと変わりない。女で強い奴はいくらでもいる。見かけに惑わされるなどもってのほかだ｣
｢その位、僕だってわかってる。姉さんが大勢いるからね。でも、世間っていうのはその見かけに惑わされるものだろう？そして僕はもううんざりしてるんだ。１７にもなって、可愛いわねえとか女の子みたいとか言われるのにさ」
｢多少、同情しないでもないが…」
険悪な雰囲気を和らげようと、トロワが口を挟む。
「逆効果という事も考えられる。お前そっくりなプランツというのはまずかったかもしれないな。いっそのこと、全く違った容姿のほうが良かったんじゃないのか？」
どうやらトロワも俺と同じ事を考えちまったらしい。
誰も理解してくれないと悟ったカトルは、ますます頬を膨らませる。
失言してしまったトロワは、そばでおろおろするばかり。
埒があかないと思ったのか、ついにヒイロと五飛は部屋の隅のソファに腰を下ろし、知らん振りを決め込んでしまった。
堪忍してくれよ〜。せっかく皆集まったっていうのに、どうしてこんな人形ひとつに振りまわされなくちゃいけないんだ？
大げさにため息を吐くと、俺を睨みつけているカトルと視線がぶつかる。
慌てて顔を背けると、今度は全く同じ表情をしたプランツと目が合ってしまった。
ぷっ！
駄目だ、押さえられないっ！！！！！
思わず吹き出した俺は、そのまま笑って笑って笑い転げて……。
気が付いたときには、ブチ切れ寸前のカトルと、固唾を呑んでこの状況を見守っている三人の姿があった。
｢あの…その……」
しどろもどろに詫びの言葉を口にしようとしたその時。
コンコンっと、再びノックの音が響き渡った。
「カトル様、お客様がおみえです…」
執事の声と同時に、派手な音を立ててドアが開く。
「御無沙汰しております、カトル様！お元気でいらっしゃいました〜？｣
長い髪をなびかせ、ドロシー･カタロニアがプランツに負けないくらい華やいだ空気をつれて部屋へ入ってきた。
｢ドロシー！来てくれたんだね。もちろん『彼女』も一緒だろう？ でもまさか今日来るとは思わなかったよ｣
いそいそと出迎えるカトルは、もういつもの当主顔に戻っている。
スカートをつまんで古風なおじぎをすると、ドロシーは目を輝かせて俺達のほうを向いた。
「まあ、皆様お揃いでいらっしゃるの。私ってなんてラッキーなのかしら。ね、この子、見ていただけます？私の自慢のプランツ…。ほら、御挨拶なさい」
どうやら後ろに隠れていたらしい。茶色のストレートヘアーのプランツがちょこちょこと小走りに出てくると、ぺこりと頭を下げた。
（誰かに似てる…絶対似てる。あの、ちょっと目つきのきついところなんか…ええっと…）
「リリーナ…」
ヒイロが唖然として呟く。
｢あの女…！｣「リリーナ･ドーリアンか！」「あのお嬢さん…かよ！」
そう口々に叫んだ後は、三人とも言葉が出ない。
暫しの間、俺達はちびカトル(ただし女の子バージョン）とちびリリーナが仲良くお人形遊びをしているのをただ眺めるしかなかった。
それから４人で顔を見合わせてそっとため息をつく。
(金持ちの考えることって…ほんと、わっかんねえよなあ）
やがてメイドがお茶やお菓子を運んできて、それなりに戦友会らしい雰囲気になってきた。
とはいえ、カトルはドロシーと一緒にすっかりプランツに夢中だったのだけれど……。
「そういえばカトルの奴、どうしてドロシー･カタロニアがきた途端に怒りがおさまったんだろう」
沈黙が続くのに耐えきれず、俺は会話の口火を切った。
すると、五飛が不本意そうにぼそぼそと話し始めた。
｢以前、プリベンターの本部に来た時、サリィ・ポウが口を滑らせて、やはりカトルがキレそうになったことがある…｣
「で、どうなったんだ？」
「護衛のラシードとかいう男がきた途端、元に戻った」
「なんでだよ？」
五飛は、うんざりしたように言葉を続ける。
｢どうやらキーワードは『カトル様』のようだ…」
「はあ？ それがわかっているんなら、なんでさっきそう言ってくれなかったんだ？」
「俺にアイツを『カトル様』と呼べと……？」
「はいはい、そういう事ね」
だけど、おそらく五飛がそう呼んでも、あいつの怒りは止められなかっただろう。
大切なのはきっとその言葉自体じゃなく、言葉に込められた気持ちだ。
当主としての自覚が、カトルの暴走（？）を食い止めているにちがいない。
「なんだか…あいつも…苦労してるんだな…」
年がら年中カトル様と呼ばれつづけて当主を務め…。せめて俺達といるときくらい、ぶちきれさせてやっても良かったかもしれない。でも、かつてのあいつを思い出せばそれも少し怖い気もするし……。
複雑な気分で、俺はまたカトルを見やる。
プランツを眺めるカトルの無邪気な笑顔に、また軽い眩暈がし始じめた俺だった。あとがき：何が何だか…わからない内容ですが、愛はあります！そのつもりです…。
ｔｒｉｎｉｔｙさま、こんなのでごめんなさい〜！