どっちがどっち？



夢を見ているみたい…とは、きっとこういうことを言うのだろう。

ついさっきまでデュオに会いたくて会いたくてどうにかなりそうだったというのに、今は目の前にいる。
ずっと自分の気持ちがどこから来るのかわからなかったけれど、答えはこんなに簡単だってデュオは教えてくれた。

ソファに並んで腰かけて、ひとしきり近況を教え会って。
こうやっておしゃべりしてると今までとちっとも変らないみたいなんだけど、肩に置かれた手のひらの温かさがこれからは違うんだよって教えてくれる。

そういえばいつまでここにいられるのかな？
確かさっき、仕事の途中で立ち寄ったなんて言ってた。ということは…。

恐る恐るたずねようとしたその時、時計に視線を向けたままデュオが言いにくそうに口を開いた。

「あの…さ、カトル。明日までここで世話になっていいかな?え…っともう時間が時間だから…。
シャトルは深夜発着をすると深夜料金がかかってその…」

彼らしくない歯切れの悪い言い方。
本当は今日帰っちゃうつもりだったってこと?
でもそれが駄目になったのなら明日まで一緒にいられるんだよね！

「じゃ、客間を用意させるからちょっと待ってて。
　急いで仕事に戻らなくちゃならないんだろうけど、明日の朝食くらいは一緒に食べられるでしょう？」

うきうきした気分でそう答えると、デュオはちょっとの間黙り込んでから、躊躇いがちに言葉を返した。

「いや…あの…カトル…」
「なに？」
「もう遅いし、わざわざそんな…その、つまりここで充分…」
「う〜ん、ベッドはセミダブルだから二人で寝てもそんなに狭くはないとは思うけど…」

だから別にかまわない、と答えようとした途端、僕の舌は凍りついた。

眉根を寄せ、うつむいて…思いつめたようないつになく真剣なデュオの顔。
それって…それって、そういう意味だった訳？

全身が火のように熱くなってくる。耳たぶまで真っ赤かもしれない…。

僕らはついさっき、お互いの気持ちを確かめあったばかりなのに。
いきなりそんなこと言われても、心の準備ってものがあるじゃないか。

僕はよっぽど困った顔をしていたんだろう。デュオは首をかしげ、苦笑いを浮かべた。

「やっぱりせっかちすぎる？そうだよな、お前さっき倒れたところだし……。ゴメン、今のセリフ忘れてくれ、カトル」

おどけた調子の声なのに瞳はすごく寂しそう。僕のせいだなんてとっても辛い。
だけどどうしていいかわからない…よ。

そんな想いが伝わったんだろうか。デュオは僕の体をそっと引き寄せた。

「じゃあさ、もう一回だけキスしていいか?そしたら大人しく客間に行くからさ。それならかまわないだろう？」
「うん…」

指が肩から頬へと滑って行く。導かれるまま唇を重ねる。
柔らかで優しい感触。そっと触れるだけの、なのにこんなにも熱い…。
話したくなくて、僕はデュオの方にぎゅっとしがみついてしまった。

「カトル？」

別々の部屋で眠るのは嫌だ。もっと一緒にいたい…。
でもこのままこうしているってことは…。

「いいのか？」

やっぱり…そういうふうにとられちゃうよね。

拒否の言葉も口に出せずただうろたえていると、いきなりソファに押し倒された。
一つ、また一つとパジャマのボタンが外されていく。
これってこれって…。

「ちょ、ちょっと待って!デュオ！」

つい大声を出してしまった。

「なんだよ、カトル？」

拍子抜けしたような顔をしてから、デュオはまた苦笑いをする。

「あのさ、あの…これってつまり…」
「つまり？」
「えっと…僕は男で、デュオも男で、ってことは…」

デュオはちょっと目を見張ると、照れくさそうに微笑んだ。

「俺、お前を愛したい。抱かせてくれよ、カトル」

またかあっと頬が熱くなる。
そりゃあそうだよね、男同士なんだからどっちかが女の子みたいに…。
でも今までそんな風に考えたことなかったし…。
ああっ！もう完全に頭の中パニック状態！！！

「だめなのか？」

「あの、その…」

「なんだ？」


「……じゃんけんで…決めない？」

「はあっ？？？」

目玉はまんまる、口はあんぐり。
心底驚いたデュオの顔は写真に撮っておきたいくらい傑作で。
でもどうしてそんな顔するの?だってそれってデュオが勝手に決めたことじゃないか！

デュオは大きく深呼吸をすると、僕の頭を小さな子どもにするみたいに撫でまわした。

「お前…どこでそんなこと聞いてきた?」
「どういう意味?」
「じゃんけんだよ、じゃんけんで決めるってやつ。それってお前の経験上…とかいうんじゃないだろう？だったら…」
「あの…その…姉さんの…本。リビングに忘れていったんだけど、それがその…」
「そういう本だったわけか。で、その話ではじゃんけんで上か下か決めてた、と」
「うん…」

上か下かって…その表現って露骨すぎない？
ひたすら焦っている僕を尻目に、平然とデュオは言葉を続ける。

「で、それ一冊全部読んだのか?」
「ええっと、最初からじゃなくて何気なく開いたページから半分くらい、かな?」

延々ベッドの中の記述が続くものだから、恥ずかしくなって途中でやめてしまったんだ…。

「じゃあどういうことするかはわかってるんだな」
「うん、一応知識としては…ね」

だけど僕にはいまだに信じられない。ほんとうにあんなことをするんだろうか？
ましてやそれが気持ち良い、だなんて…。

「そうか、そうだよな。いきなり抱きたいなんて言われたら戸惑うのも当たり前だ。よし、だったらこうしよう」

デュオは急に真顔になると、僕の目をじっと覗きこんだ。

「まず俺がお前を愛するから、同じように俺にしてみろよ。で、どっちがいいかお前が決めろ。
どうしても二人が噛み合わないなら…そうだな、しばらく日をおくっていうのはどうだ?」

同じようにって…そうだね、知らないことだらけの僕だから、教えてもらうのもいいかもしれない
僕はこくりと頷いた。
「じゃあ決まりっ!　そういうことで、まずは俺様から♪」

デュオは極上の笑みを浮かべた。
「今度は大人のキスだからな、覚悟しておけよ」

覚悟って…大人のキスって…。

うわあ、なんだかめちゃくちゃ恥ずかしくなってきた！次第に鼓動が速くなっていくのがわかる。
どうかデュオに気付かれませんように…。
ギュッと目をつぶるとふわりと体が持ち上がる。
「あれ、あれれれれ？！？」

軽々と抱きかかえられてしまった。
ずるい！僕がデュオの体重を支えきれないのを知ってて、どうしてそういうことするんだろう。

ぷうっと頬を膨らませて拗ねてみせる…つもりだったのに、デュオの腕の中はとても居心地がよく、気が付いたら僕はベッドに横たえられていた。



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