＜２＞
汗だけ流して出てみると、彼はベッドに腰掛け、缶コーヒーを手にしている。
「えらく早いなあ。からすの行水っていうんだぜ、そういうの」
「デュオこそ、もうそんなもの飲んでるの？僕はまだ何だか胃がもたれてる。食べ過ぎたみたい」
「じゃあ、消化が良くなるようにさすってやるから、こっちにこいよ」
これって誘っている…んだろうなあ、やっぱり。緊張のあまり、少し離れて腰を下ろした。
「おいおい、初めてじゃないんだから」
そう茶化されても、どうすることもできない。彼に触れたい、触れてほしい。その気持ちに嘘はないけれど、何故だか素直に甘えられない。
「嫌なわけじゃ…ないよな。ま、そこがお前らしいけどさ」
目を細めた彼は、するりと腰に手を回すと、僕を横たえる。そのままバスローブを脱がされ、体が重なった。
髪を指に纏い付かせながら、焦らすように頬に彼の唇が触れてくる。思わずねだるように首を傾げると、そっと舌が滑り込んできた。
彼はいつも優しい。その唇も指も、まるで大切なものを扱うかのように肌を滑っていく。
体中に降らされたキスの雨に息も絶え絶えになったその時、彼が僕のモノを銜えようとしているのに気付いた。
「嫌だ…。デュオ」
「どうして？」
「そんなところ、汚いよ」
「お前の体だ。別に汚くなんかない」
「でも…やっぱり駄目」
彼は少し困ったような顔をすると、「お前が嫌がるならしない」と呟く。
何故だか彼が悲しんでいる気がして、僕は両手を差し伸べた。
すぐに彼の腕が僕を抱きとめる。
「なあ。本当に嫌なのか？」
耳元で尋ねられて、僕は返事に困った。嫌というよりとにかく恥ずかしい。
それに、もしも、もしもだけれど。彼の口のなかで…してしまったら。それを考えると、絶対に駄目だって思ってしまう。
黙り込んでしまった僕を見て、彼は小さくため息を吐いた。
「なんでだ？ カトル。俺、お前のここをそうやって愛したい」
彼の指が僕の下半身に伸ばされる。指でそっと包み込まれただけで、吐息が漏れる程感じてしまうのに。
このうえ口でなんてされたら、一体どうなってしまうかわからない。そんなのって、何だか…。
「怖い…」
思わずそう口走った僕に、呆れたような顔で彼が問いかける。
「怖いっていったい何がだ？ ひょっとして、これ以上我を忘れるのが怖いのか？」
僕はうつむいた。
きっとそう…そうなんだ。彼に身を委ねる心地よさの向こうに、自分ではない獣のような何かが潜んでいるような気がして、怯えてしまう。
「忘れろよ」
「え？」
まるで怒っているような物言いに、僕はまた不安になる。それってどういう意味なんだろう。
「俺は見たいんだけどな。もっともっと我を忘れて乱れたお前が。お前まだ、どっか理性が入ってる。見せてみろよ。俺に全てを預けたお前の姿を」
彼は、今まで見たこともないような苦しげな表情になった。
「ごめん、カトル。もう…限界だ。これ以上、自分を押さえられない」
言い終わったとたん、乱暴に体を押さえ込まれた。息が詰まるほどに抱き締められたかと思うと、肩や胸元に幾つも噛み跡を残していく。
顔を掴まれねじ込まれる舌も、焼けるように熱く遠慮がない。
いつもの彼じゃない！
思わず押しのけようとした途端、体をひっくり返され、両手首に何かが巻き付けられた。
縛られた…！ そのショックに、僕は全身が強ばる。
「何故こんなことを？ 嫌だ、解いて…！」
不安で心臓が早鐘のように鳴りだした。これから何をされるのか、まるで見当が付かない。
だが、彼は、真摯な瞳で僕を見つめ、それからふっと柔らかく笑った。
「絶対に無理強いはしないから、信じて俺に体を任せろ。もし、どうしても耐えられなかったなら…」
「どうしても？」
「そう、どうしても、だ。その時はそう言え。どうしても耐えられないと。だけど、嫌とか、駄目とか、そういう言葉は一切聞かないからな」
「だからって、何故こんなことをしなくちゃならないの？」
手首に食い込むバンダナは、確実に僕の抵抗を封じている。
僕にはわからない。こんなことに一体なんの意味があるのだろう。
「俺には自信がない。もし今度お前が抵抗したら、俺は欲望のままに、お前をめちゃめちゃにしてしまうかもしれない。だから、だから頼む、カトル。俺を信じろ」
「どうしても…耐えられないなら…」
僕はさっきの言葉を繰り返す。信じることで、それがわかるのならば…。僕は彼を受けとめたい。
「わかった、デュオ。信じる」
彼は無言で頷くと、迷いを断ち切るかのように、そっと僕の目蓋に口付けた。それから始まった彼の愛撫は、今迄とは違って、全く余裕のないものに思われた。
首筋に感じるちりっとした痛みは、多分唇のせい。胸の突起に触れる指も、背中をたどる舌も、いつもよりずっと荒々しくて。
僕は目を閉じ、どうしても耐えられなかったらという言葉を反芻していた。
体の中心に集まっていくその刺激は、全身の血を沸き立たせる。息が詰まる。喉が鳴る。頑なだった羞恥と躊躇いという名の壁が、どんどん剥ぎ取られていく。
「うっ！ あ…ああっ…」
食いしばった歯の間から、思わず声が漏れた。
「やっと…聞けた」
荒い息遣いで、嬉しそうに彼が呟く。
「もっと聞かせろよ。すげえ、いい声…」
唇が、徐々に胸からお腹の方へ下がっていく。彼のしようとしていることがわかった僕は、必死で言葉を捜すけれど、頭のなかが空っぽになったみたいで何も考えられない。
「いいな？」
言いおわるや否や、彼は僕の…を根元まですっぽりと銜え込んだ。
体の中心から這い上っていく甘い痺れに全身を支配され、僕の喉は悲鳴に似た声を発する。敏感な部分を舌先でそっとなぞられた。あまりの刺激の強さに耐えられず、僕は身を捩って彼から逃れる。
「もっと、もっとだ、カトル。もっと声を出せ」
興奮した彼の声がさらに僕を追い上げる。
再び捉えられ、絡めとられて、熱い高まりが僕を襲う。瞬間、強く吸い上げられ、あろうことか僕は、彼の口のなかに放ってしまった。
あまりのことに声が出ない。しかも、彼は…彼はそれを、飲み下した！
「あ、あの…」
急に理性が戻って茫然とする。一体何が…起こったんだろう。
「よかったか？」
彼の言葉に僕は慌てた。口元から僕の匂いがするような気がして、まともに顔をあわせられない。
「そんな…もの飲んじゃって、大丈夫なの？」
「腹はこわさないさ」
にやっと笑うと、彼はもう一度舌をのばしてくる。ペロリと先を舐めあげられ、快感の名残にびくんと震えが走った。
「でも、これで終わりじゃないぜ。わかってるだろう？」
太股の付け根を指でくすぐられて、僕は次に何が待っているかを思い出した。二度とも苦しいままで終わってしまったけれど、やっと一つになれた充実感だけは感じられたっけ。
彼は小さな子供にするように、僕の髪をくしゃくしゃと撫で回した。そして、「また、可愛い声を聞かせてくれよな」と囁く。
そうか。我を忘れるって、そういう事だったんだ。
ゆっくりと僕を抱き起こし、汗で額に張りついた髪をかきあげてくれる彼は、すっかりいつもの表情に戻っている。
「手はどうだ？ 痺れたりしてないか？」
「大丈夫だけど、まだ…だめ？ これ、解いて欲しい」
もう何があったって、逃げない。そう思うのに、彼は解こうとしてくれない。
「どうしても耐えられないか？ やっぱ、怖い？」
「う…ん。もう怖くはないけどもどかしい、こんなの。だって、抱きつけない。君が遠く感じる」
「ＯＫ。でもあとちょっとだけ、ちょっとだけ…、な？」
なだめるようにそう言うと、僕をそっと俯せに寝かせる。
このまま、彼を受け入れなくちゃならないんだろうか。この前だって、彼の首にしがみついてやっと苦痛をやり過ごすことができたのに。
背中に、そして縛られた手首に、幾度も唇が降りてくる。少しずつ緊張がほぐれてくるけれど、それでも不安は振り払えない。
やがてお腹の下に枕を差し込まれ、僕は腰を突きだすというとんでもなく恥ずかしい格好になってしまった。
「こんなの嫌だ、デュオ！」
叫んだとたん、何かなまあたたかくて湿ったものが、僕の…後に触れてきた。ほぐすように幾度も浅く押し入ってくる。
痛みもなくじわじわと広がる妖しい感覚に、僕のモノはまた勃ち上がり始め、意識が溶け出していった。
自分の啜り泣く声が、どこか他人の声のように聞こえる。掴むものの無い指先が、もどかしげに背中で揺れる。
だけど、蠢くものの正体が何なのかわかった途端、僕の腰が跳ねた。
「駄目っ！ 駄目だよ、デュオ！ そんな汚い！」
信じられないっ！ そんなところ、舐めるなんて！
「今頃気が付いた？ でもやめない。もう少し、そうやっておとなしくしてろよ」
がっちりと押さえ込まれ、舌がさらに深く潜り込んでくる。
「だって、だって、だって…」
力なく抗議の言葉を繰り返すものの、既に体は引きずられたように快感の波に飲まれ、たゆたっている。彼が離れても、僕はしばらくの間その余韻に酔い痴れていた。
「やっと、そこで感じてくれたな」
彼の言葉に、意識が少しずつ戻ってくる。
いつのまにか戒めは解かれ、手はシーツを握り締めていた。
「あ…あの…」
「ほら、こいよ」
思わず彼にしがみついた。腕のなかにすっぽりと収まって、僕はやっと安堵する。
「ごめんな、あんなことして」
じっと僕を見つめながら、彼は薄い痕のついた手首をそっと握った。
「ううん。何となく、君の言った意味がわかったような気がするから」
「ふうん？ じゃあ、またする？」
「ば…ばかっ！」
「冗談、冗談。二度とやらないよ、絶対に」
絶対に。その言葉に、なぜか引っ掛かるものを感じて、僕は彼をまじまじと見つめてしまった。
「でも、一つだけわからないことがあるんだけど」
「なにが？」
「もし僕が抵抗したらって、あれどういう意味？」
「あ、あれね。あれはもうちょっと後…で…な」
腰のあたりを撫でていたもう一方の彼の指が、静かに僕のなかに滑り込んできた。すっかりほぐされたそこは、痛みもなくそれを受け入れる。
僕はしがみついたまま、じっと息を詰めた。
もどかしいような甘い感覚が湧きあがる。ゆっくりと探るようなその動きに、掠れた声が洩れた。
「そうだ、カトル。そのまま力を抜いて…」
やがて圧迫感が強くなった。指が増やされたのだろうけれど、この間のような苦しさや吐き気は、襲ってこない。
「デュオ、なんか変だよ。僕の…体が…」
すっかり勃ち上がったそこは、既に雫を滲ませている。なんの刺激もなしに、こんなこと…って。
「苦しくはないんだろう？」
「う…ん」
そっと指が引き抜かれ、体を起こされた。僕は彼の太腿を跨ぐ姿勢にされ、うろたえる。
「あの、その…」
「ゆっくり沈めてこい。痛いと思ったら、無理しないでいいから」
指で確かめながら合わせてくる彼の動きに、僕の中が疼いた。早く彼を迎え入れたい！
おそるおそる、あてがわれた彼自身の上に、腰を落とす 。痛みは殆どなかった。ゆっくり押し入ってくる感覚が、僕を内側からとろかせる。
「もう少し、もう少しで全部…うっ！」
彼が呻きながら、そっと突き上げた。
完全に収まってしまったそれはとても熱く、僕のなかを一杯に満たす。胸のあたりまで詰まっているような気がして、息が苦しい。
「大丈夫…か？」
呼吸を乱しながら、彼が問い掛けた。
「なんか変な感じ…はするけど…それだけ…」
「そんなに長くは持たないから、ちょっとの間、ゴメンな…」
「ううん、ああっ…！」
ほんの少し、彼が僕の腰を揺する。それだけでもう、目蓋の裏で何かが弾けた。
「そん…な声、聞かされたら…すぐにいっちま…う…。もう少し、お前を感じていたい…のに」
切なげな声と共に、彼の指が僕自身に絡み付いてくる。
「カトル、一緒にいこう…な」
「うん…デュ…オ…」
苦痛と悦びがせめぎあって、僕の体を駆け巡る。つながったその部分の向こうに、彼を感じるほかは何も見えない。
どれほど乱れても、彼だから恥ずかしくない。 どんな僕でもきっと彼は受けとめてくれる。
押し寄せる熱い波に二人して流されながら、僕はこの上ない歓びを感じていた。>>３