＜３＞
「おい、カトル、おいってば」
呼び掛ける声は聞こえているのだけれど、僕の心は半分どこかへ行ったみたいで、返事が出来ない。
「まいったなあ、そんなによかったか？ それともその逆？」
徐々に周りが見えだしてくる。どうやら彼は、僕が飛び散らせたものの後始末をしてくれているらしい。なんだか恥ずかしくて、僕はわざと目を閉じ、ぼんやりしているふりをした。
「まったく…しょうがない奴。ほれ、シャワー浴びに行くぞ」
そう言うと、軽々と僕を抱き上げる。
「わわわっ！」
焦った僕は、思わず声を出してしまった。
「なーんだ、やっぱ気がついてんじゃねえか。俺は真剣あせったってーのに」
「ごめん」
咄嗟に首に抱きついて、目を合わすのを避ける。
「よかったんだろう？」
「う…ん。どうにかなっちゃうんじゃないかと思ったくらい、凄かった」
「そっか。安心した。俺、初めてだったからよくわかんなくて、二回ともお前に辛い思いをさせちまっただろう？ いつ、もう嫌だって言い出すかとヒヤヒヤしてたんだぜ」
「え？」
今確か、初めてだからっていったよ…ね？
「え？」
今度は彼が、目を丸くして聞き返す。
「まさか、カトル。俺のこと、経験済みだって思ってたわけ？」
「だって…慣れてるみたいだったし」
「ひでえなあ。そりゃあ、頭ん中で何回でもシミュレートはしたけどさ。やっぱ、あんまり不様なとこ見せたくないだろ？」
頭の中でシ…シミュレート？ って、つまりその…。あんまり考えたくない。
「よっと！」
威勢の良い掛け声と共に、彼がバスルームの扉を開けた。ふわっと暖かい蒸気がでてくる。シャワーを出しっぱなしにして、中を暖めてくれていたみたい。
「もう、立てるな。ちょっとそこで待っとけ。湯加減、見てくる」
すっかり気が抜けてしまった。僕は一体、今まで何を悩んでいたんだろう。
「よし、上等。あれ、どうした？ 妙な顔して」
「ううん、何でもない…」
過去に何があったってこの気持ちに変わりはないけれど、やっぱり…嬉しい。
「ほれ、こいよ。洗ってやるから」
「うん」
「珍しく素直じゃん。結構、結構」
軽口たたくのは、照れ隠しなんだって、やっとわかった。
「さすがに汗かいちまった。面倒だけど、やっぱ、洗うっきゃないか」
お下げをほどき始めたのを、僕も手伝ったりなんかして。
それから、子供になった気分で二人してお湯をかけ合う。泡だらけの体で擽りっこなんかもしたりして、妙にハイテンション。
すっかり石けんを洗い流してしまった途端、彼が叫んだ。
「あーっ！ ごめん、カトル。俺、夢中になって、こんな所にキスマーク付けちまった。まずいよなあ、人目に付いたら…」
すまなそうに頭を掻きながら、そっと首筋を指で押さえる。
「気、使ってくれてたんだ」
「あたりまえだろうが。お前の立場くらい、ちゃんとわかってるつもりだけど？」
そうだよね。単純に、喜んでばかりもいられないんだ。
「……ごめん…」
「馬鹿。あまり真剣になるなよ」
コツンと頭を小突かれる。
「でも…」
僕達は、いつまでこうしていられるんだろう。
「悩むなって言ってるんだ。明日のことなんてどうなるかわからないんだから。こうしている今にもコロニーの制御システムが壊れて、一分後にはおだぶつかもしれないんだし」
「そうだね…」
そうか。ずっと心に巣食っていた不安は、やっぱりこれだったんだ。
わかりきってた事なのに、僕は無意識のうちに考えない様にしていたのかもしれない。
「もっともっとお前を俺のものにしたい。焦った挙げ句に、俺はお前を無理遣り思うままにした…」
「デュオ？」
湯気の向こうから聞こえてくる声は、うってかわって低く沈んでいる。
「さっき初めてだっていったけど、それは抱くほうの話だ。俺は辺境のコロニーのスラム街で育った。世間には、いろんな奴らがいる。力ずくで犯られたことは一度や二度じゃない。俺は見た目が女の子みたいだったから、余計ターゲットにされたんだろう。結構うまく立ち回ったつもりだったけど、子供の力ではどうしたってかなわないこともあるからな。生き延びるためならなんだってやった」
「あ、あの…？」
自嘲するような声、そして、堅く握り締められた拳が、どれだけ辛かったかを伝える。
思い出したくない過去…。何故彼は、僕にそんな話をするのだろう。
「奴らは、俺が泣こうが痛がろうがおかまいなしだった。自分の欲望を満たすためだから、俺のことなんてどうでもいいんだ。だから、俺がお前を抱くときは、あんな奴等と違って、できるだけお前のことを考え、優しくありたいと…。だけど、やっぱり俺も同じように暴走してしまった。それでも、想いだけは違うと、することは同じでも、想いは…」
「それが、さっき言ってた、もし僕が抵抗したらってこと？」
「そうだ。お前の抵抗を封じることで、なんとか理性の糸をつなぎ止めた。かなり切羽詰まっていたからな、もし抵抗されて頭に血が上っちまったら、何をしでかすかわからなかった。俺も奴らとちっとも変わりない様に思えたんだ…」
うつむく彼の表情は、長い髪に隠れて見えない。だけど僕は、彼が泣いているような気がした。
こんなに苦しんでいたなんて。どうしてわかってあげられなかったんだろうか。僕はただ、自分のことばかり考えていた…。
「そんなこと絶対ない。デュオは絶対、その人達とは違うから。それにこれも…」
僕は、消えかけた手首の痕を、彼の目の前に差し出す。
「これだって、結局は僕の為にしてくれたことなんだし、おかげで僕は、もっともっと君を感じることが出来た。違ってるのは想いだけじゃない。何もかもが、だよ」
その手を掴んで、彼は僕をそっと抱き寄せた。
「そう、お前が信じて受け入れてくれたから俺は救われた。もう大丈夫だ。俺は奴らとは違う」
僕は彼の頬をふわりと両手で包んだ。唇をかさね、神妙な面持ちで舌を差し入れる。
柔らかで優しいキスに、思いの丈を込めた。唇を離しては又重ね、繰り返し繰り返し言葉にならない気持ちを伝える。
彼は、自分の欲望をあからさまにする事さえ戸惑う程に、僕を大切にしてくれている。その想いに、出来る限りのことをして答えたい…！
僕はやっと手に入れることが出来た。確かに愛されているという証を。
体も心も全てを預け、全てを受け入れることができたこの日を、一生忘れない。
時計を見ながら、彼はドライヤーで長い髪を乾かしている。解いたら腰より下まであるのだから、さぞかし大変だろうと思う。
ちょっとしたこだわりだからというのが彼の口癖なんだけど、よっぽど思い入れがあるのだろう。そうでなくちゃ、こんな面倒臭い事しないよね。
いつか話してくれるといいな。もっともっと、彼を知りたいから…。
「あとちょっとで済むから、着替えとけよ。日付が変わる前に、送っていくから」
「う…ん」
生半可な返事をして、僕は部屋に備え付けてあったパズルを解きはじめる。
「当主があんまり遅くまで夜遊びするのはまずいだろ？」
「全然。ノープロブレムだよ」
「へっ？」
「さっき、ラシードに連絡入れといた。今日は泊まっていく」
彼は、今迄見た中で最高のまんまる目玉になった。
「一体、いつのまに。本当にいいのか？」
「たまには僕が合わさなくちゃ。それに、石けんの匂いだけならともかく、キスマークまで付けてたら、何を勘繰られるかわからないだろう？ デュオが一緒だって言ったらすんなり許可がでたよ、どんなボディガードを付けるよりも安心だって。何か不都合でもある？」
「ないないっ！ ないに決まってるだろう。でも、あのおっさんの信頼を裏切るっていうのは、ちょっと怖い気もするけど…」
「そんな言い方…。あ、わかった、これで完成！」
結構込み入ってたけど、このパズル、以外とすんなりとけた。ちょっとしたきっかけで、見えなかったものが見えてくる。
「こっちも終了」
器用に編まれたお下げは、いつもながら見事だ。
それから僕らは、一つの毛布にくるまった。誰かと一緒に眠るなんて子供の時以来だ。パジャマごしの彼の温もりが、嬉しくてたまらない。
「なあ、キスしていいか？」
とろとろと幸せに揺られながら眠りかけた僕に、彼が尋ねる。
「……いい…」
彼の唇の柔らかな感触も、既に輪郭がぼやけている。
「ちぇっ！ 泊まっていくんならもう一回と思ってたのに。明け方に叩き起こすからな、覚悟しとけ。おい、聞こえてるか？」
「ん…」
聞こえているよ…ちゃんと覚悟しとくから、今はとにかく…おやすみ…な…さい。
また明日…。
＜いいわけ＞
オフラインではじめてＨを書いた作品。その割には大胆な気も…。
一度書いてしまえばドンとこい、平気できわどい表現が書けるようになりました。まあＨＰではこのあたりが限度ですね。本発行当時は１５禁にしていたのですが、当時高校生だった某知人に「この程度じゃつかない」と言われたのではずしてみました。
デュオがお相手だと意地っ張りなうちのカトルも少し素直になるよう。とにかく可愛い二人です♪>>１
